信仰―法話コーナー


法話

「自己を見つめ直す〜合掌のすすめ〜」【2018年1月の法話】

新年あけましておめでとうございます。平成三十年新春のお慶びを申し上げます。

月日が流れるのも早いもので、平成も三十年まで来ました。そして、残すところ、平成も残り、一年と少しとなり、新しい元号が何になるのか気になるところでございます。

平成三十年、二〇一八年は宮島に関係するところでいいますと、今年は平清盛生誕九百年の年に当たります。清盛公といえば、厳島神社の社殿を建て、平家納経を納め、千僧供養を行うなど、宮島を大変深く信仰された方でございます。特に国宝の平家納経は、願文、般若心経、阿弥陀経、法華経二十八巻に加え、開経、結経の計三十三巻から構成されており、平家一門が一人一巻ずつ巻物に写経し、華やかに装飾したものを厳島神社に納められたものです。

実は昨年、私は「平家納経三十三巻を読む会」と題しまして、この三十三巻のお経に、どんなことが書かれているのかを約半年かけて、皆様になるべくかみ砕きながら説かせていただきました。その中の一つに、「六波羅蜜」という考え方がございます。六波羅蜜とは布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧という六つの行い(修行)を心掛けることで、この世に生かされたまま仏さまの境地に到ろうというものです。布施は見返りのない施しを相手にしてあげましょうというもの。持戒は自らを律し、誡めましょうということ。忍辱は様々な苦しいことも耐え忍びましょうということ。精進は日々、少しずつでも努力を重ね、日々を誠心誠意生きましょうという心。禅定は心を穏やかに、冷静に保ちましょうということ。そして、最後の智慧は私たちの心を曇らせている貪りや怒り、愚痴という三毒を先の五つの行いを実践することによって取り除き、仏さまのような智慧(考え方、心持ち)を体得しましょうというものです。

いつの時代も人は、ついつい目の前の自分の利益や楽な道を選びがちです。自分だけが良ければいい、我先にと、「自分が、自分が」となってしまいがちです。そして、気がつくといつの間にか一人になってしまい、気づいたときにはすでにとき遅く、見渡すと周りに誰も助けてくれる人がいないなんてことが起こってしまいます。現代は特に技術の進歩とIT化により、毎日が目まぐるしいスピードで、一日があっという間に過ぎ去っていくような時代になってしまいました。このような時代だからこそ、いま一度、一日の中で手を合わす時間を作り、自分の心、生活を見つめ直してみてはいかがかなと思います。合掌は左手と右手を合わせます。これは左手が不浄な私たちで、右手が神聖な仏さまとなっており、両手を合わすことで、私たちと仏さまを重ね、私たちの心の中に本来あるはずの「仏性」というものを感じるわけでございます。二〇一八年は平清盛生誕九百年祭も兼ね、数多の行事、法要等を予定しております。ぜひとも、この機会も活かして頂いて、お寺に足を運び、ついつい「自分だけ」という利己的な考えに陥っていないか、自分の中の仏さまと向き合ってみてはいかがかなと思います。

合掌

(吉田大裕)

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