信仰―法話コーナー

法話

水無月【2017年6月の法話】

新緑が映える時期も過ぎ去り衣替えの時期へと移り変わりました。六月は初旬より梅雨に入りジメジメと過ごしにくい日が続きます。昔から田植えにたくさんの水が必要なことから水無月とも呼ばれています。

和菓子の一種に水無月と呼ばれるものがあります。白のういろうに小豆を乗せた三角形のお菓子です。小豆は悪霊払い、三角形は暑気を払う氷を表しているといわれています。京都では六月三十日、夏越祓(なごしのはらえ)に過ぎた半年のけがれを祓い、来る半年の無病息災を願い、食べる習慣がありました。

また古代、中世期は疫病との戦いであり、今ほど医学も医療体制も、病気に対する考え方も違う時代であり、まさしく「生・老・病・死」の実感が日々突きつけられていたことでしょう。こういった中、日本古代・中世における医療救済について仏教僧が果たす役割はきわめて大きかったのです。当時、公的医療の恩恵をこうむる対象がきわめて限られている中で、身分の上下、老若男女問わず高度な医術と知識を持って医療救済を行ったのが「僧医」と呼ばれる仏教僧たちなのであります。『金光明最勝王經』というお経の中にも「病に苦しむ衆生に対し、大悲の心を起こし、医術を尽くして衆生を救う」と説かれています。また仏教では「病苦」を取り除く具体的手法として、医学が僧の基礎教養のひとつとして示されているのです。

しかし優れた僧医が大勢いるわけではない、伝達する手段も限られている時代です。病気は目に見えない存在によってもたらされると信じられており特に流行病、不治の病は「もののけ・怨霊・悪鬼」によるものと思われていました。平安時代以後に中国の疫鬼の概念が貴族社会を中心に広く普及し、疫病はそれをもたらす鬼神によるものとの考えが生まれました。やがて、一般での素朴な病魔への畏怖と結びつき、疫病神といった存在が病気をもたらすという民間信仰に至ったわけであります。

病気が疫病神によってもたらされていると考えられている時代故に、当山でも三鬼さんのご祈祷をしておりますように無病息災を願ったことでありましょう。現代では医療は当たり前であり欠かせないものでありますが、今一度、そのありがたさを思い返してみてはいかがなものでしょうか。また、様々な時代背景をお知りいただいてからのお参りもひと味違ったものになるのではないでしょうか。

合掌

(江本康亮)

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