信仰―法話コーナー

法話

そこにある【2017年4月の法話】

最近は殆ど見なくなってしまいましたが、蓮華草という花をご存じでしょうか?春になると田んぼや川の畔一面咲き誇り、春の訪れを知らせる花でした。その蓮華草の中で大の字になって寝転がり、そよ風の奏でる春の到来を聞くと、心の隙間がひたひたと潤いで満たされいく感じがしたものでした。

森羅万象の働きの中に、宇宙の大生命とも言える「大日如来の慈悲」の営みがあるとお大師さまは教えられます。その慈悲の働きは、私たちに仏の真理を悟らせようと働きかけている、と説かれます。宇宙の真理の象徴である大日如来の働きは、人や獣をはじめとし、山川草木一切が生命を燃やし、滅して行くその姿に見出すことができます。

仏様は、人間の持つ欲や執着を離れ、在るがままに世を受けとめ、「在るが如く」全ての存在を観ています。それに対して、私たち人間はどうでしょう?「在るがまま」に世の中を見ているでしょうか?自分の好みに合うものを「美しい・素晴らしい」と見て欲を出し、好みに合わぬものを「汚い・劣っている」と嫌います。自分勝手に価値を付けて見ています。のどが渇いたら、水だけを求めて他のものを見ず、餓えれば食べ物のみを追いかけます。「在るが如くこの世を見る時」、この世のすべての存在が、己の自我という小さな枠を離れ、全ての生き物と共に一つの大きな生命を生きていることを悟ります。

難しいことではありません。今そこにある一輪の花、さえずる鳥の声、川のせせらぎ、風の匂い、五感を澄ますと至る所に命の営みが感じ聞こえてくるはずです。それこそが、仏さまそのものなのです。生かさせれていること、命があることに感謝をしてお参りをさせていただきましょう。

合掌

(酒井 太観)

◆◆◆法話のバックナンバーはこちら◆◆◆


戻る

NMJNet Market Japan Corp.