信仰―法話コーナー

法話

変化の中のありがたさ【2017年2月の法話】

毎年テレビや雑誌などのメディアで、今年一年でこんなことがありました。あんなことが流行りました。と、まとめの特集をやっています。一年過ごし終えて、いざ拝見しますと、昨年とは全く違うことで盛り上がっておりますし、一年の流れとはなんとせわしいことかと、ため息が溢れますね。

来年には何が起こるのか、いやな事件は無いだろうか。はたまたそんな事件に遭遇しやしないだろうか。何もないといいんだけど。と、皆様平穏を望まれていることでしょう。期待と怖さで半々といった心の具合でしょうか。

どうせならば良き日々を過ごしたいと願うのは当然ですし、悪い目には誰しも会いたくはないものです。

また、今既に良き日々をお過ごしの方であれば、それを下手に弄り回して欲しくないと考える人もいるでしょう。変化などなくても代わり映えのない日常、平和が一番であると。

しかし、些細なことから大きなことまで、全てのものは常に変化しています。

仏教ではこのことを諸行無常と説き、一切のものは在り続けることはないとしています。在り続けることはないと皆わかっていながらそれは恐ろしいことであると多くの人が感じます。しかし、それは破綻ではありません。

怖いものを恐れるのは正しい在り方です。変化を恐れることも間違いなどではありません。恐れながらも進めること。それこそが人の知恵です。

また在り続けることがないと申しましたが、我々は「ありがたい」という言葉を使います。この言葉を漢字で書きますと「ある」ことが「難しい」と書きます。「ある」こととは当然なものではなく、変化の中にありながら、未だ在り続けていてくれることの、稀少さ。尊さに感謝の意思をこめて「ありがたい」と申すのです。

変化が訪れるときとは、誰かとの出会いの瞬間です。同じような出来ごととの遭遇や、前会ったような人との出会い、それは似ているかもしれませんが、本質が全く異なる、言ってみれば新たな出会いです。

日々訪れ続ける出会い。その一つ一つを大切にして下さい。変化が怖くなり、進めなくなってしまった時、きっとその出会いが背中を押してくれます。貴方が背中を押す番だってやってくるはずです。

今年も一年、様々な変化が待っているでしょうが、身体も心も元気にお過ごしいただけることをお祈りしております。

合掌

(西園 航大)

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