信仰―法話コーナー

法話

「一即一切」【2017年1月の法話】

「病は気から」と昔からよく言われる言葉があります。病も気の持ち様で良くも悪くもなるということですね。中国では昔から「医者は意(い)者(しゃ)でなければならぬ」、医者は一目で病人の気持ちが解らなければならない、そして脈をとって病名がわかる(功(こう))、病人の家を訪ねるだけで病名がわかる(工(こう))、声を聞くだけで病名がわかる(聖(せい))、顔を見ると病名がわかる(神(しん))、「功工(こうこう)聖(せい)神(しん)」が本当の意者であるといわれています。しかし医者でなくても、よく気をつけてみれば、顔色や顔つき、声や爪の色などでもある程度の疾患がわかると思います。そして人の心の動きも姿や態度に表れるもので、どんなことを考えていても、必ず行動に表れ「一事が万事」であり一つのことを見てすべてのことが推しはかれるものではないでしょうか。これを仏教では「一即一切」といい、一つのものはすべてにつながり、すべてのものは一つにつながるということです。人の心は、その本来の性質である体(姿)と、その形である相(態度)とその動きである用(行動)に分けることができます。ふだんでも、体、相、用、をみるように心がければ、相手の心の動きが分かるようになり、相手の全体像が理解できる。これが一即一切であります。私自身も自分の体相用が、いつも自分の姿、態度、行動に出ている事を忘れないようにと日々精進したいと思います。

合掌

(三松庸裕)

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