信仰―法話コーナー

法話

お天道様が見てござる【2016年7月の法話】

熊本大分の地震発生から早くも八十日を迎えます。自然の力の大きさを目の当たりにして、「文明の力」を含め、人間の力とは全く卑小なものだと感じます。復興の兆しもありますが、被害は甚大で、被災者の方々の想いに寄り添うなどと軽々しく言えることではありません。ただ明るい展望を願うのみであり、いま私たちが享受している何気ない「普通の生活」が如何に「ありがたい(有難い)」ものなのか考えさせられます。そして、自然に対する畏敬の念を忘れてはならず、目には見えないものに対して手を合わせることの必要を改めて思うのであります。

この度の震災でも見えたことですが、避難所が開設された時、人々は秩序正しく食事の配給に並び、お互いを気遣っておられました。一方で、避難中の被災者の留守宅に空き巣に入るような不逞の者もいるわけですが…。しかし、海外においては当たり前のように暴徒と化してしまう民衆の姿もしばしば見受けられます。不便な生活を強いられたなかでも、秩序を守り、互いを思いやる心を持つということに敬意を表すとともに誇りを感じるのであります。

昭和一桁生まれの私の祖父母たちは、ことあるごとに「お天道様が見てござる」と言って、誰も見ていないからといって悪いことをしてはならない、誰が見ていなくとも良い行いはしなさいと教えてくれました。この「お天道様」とは単なる太陽をいうのではなく、ご先祖さまや神さま仏さま、そうした目には見えない存在、しかし私たちを守り、かつ戒めてくれる存在なのでしょう。昔の人たちは朝な夕な、神棚や仏壇に必ず手を合わせ、神を敬い、仏を崇め、ご先祖さまを大切にしてきました。自然を畏れ敬う心、目には見えないものに対する畏れを知っていたのです。また、地域には氏神さまを中心とした共同体があり、そこに暮らす人々は、稲作などの共同作業に見られるように互いに助け合って生活をしてきました。その集団のなかでは、一定の掟があり秩序も保たれていました。お天道様が見ている下で、秩序を乱すことは恥でありました。そうした、ご先祖さまたちが大切にしてきたもの、ご先祖さまから繋がる絆、また地域・集落という横の絆、現代に生きる私たちはこうした縦と横の絆を失いつつあります。その結果、自分さえ良ければいいという考え方が横行してしまっているような気が致します。

しかし、何時の世にも、私たちのなかには潜在的にこの絆が活きているのではないでしょうか。今回の震災においても、人々の助け合い・思いやりの心にこの絆を感じました。なればこそ、この絆を誇りと共に後世にまで伝えていくべきなのではないでしょうか。

合掌

(日高誠道)

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