信仰―法話コーナー

法話

よりよきは、まっすぐに【2016年6月の法話】

日々の生活の中で私たちは色々なものを見て聞いてふれあいながら過ごしています。

そうしてふれあったものには何かしらの印象を抱きます。雰囲気、感想とも言い換えられますがいいものであったり、悪いものであったり、言い様のないものであったり様々ですが、同じ場面、同じものに触れても触れた側のこころの状態などが要因となって抱く印象が異なってくるときもあります。

その変わり様、まさに百面相ともいえる「印象」は、そのまま受けた側の心に影響を及ぼします。

影響も、いい影響であればよいのですが、いかんせんそうともいかず、悪い影響を与えてしまうこともあります。

また、影響を受ける側によってもいい悪いが異なる場合もあり、その大きさも与える側と受け取る側のお互いの要因で大きくも小さくもなります。

よく、些細な言動であっても相手が傷つくことがあります。これはそれらの中でも最悪な形で受けた「影響」といえるでしょう。

誰しもがお互いによき「印象」で与えようとするならば問題はないのでしょうが、言うほど簡単なことではありません。

与える側に問題がある場合もあれば、受け取る側にも問題がある場合があるからです。

誰だって人に悪く思われたいと心の底から思っている人はいないと思います。

うまくやろうとして周りをもっともっと良い方向へ導こうと先頭と立って歩く人がいたとします。ですが、連れていた全員が同じようについてこれるか、というとそうではなく必ず遅れてしまう人、対立してしまう人が出てきます。

先頭となった人と、ついていく人の見ているものに違いがあるからです。

逆の例として、相手を重んじ、尊重し、反対はせずただただ同調していこうとする人がいたとします、尊重されていたはずの相手は「はいかイエスしか言わない人」のことを「自分の意見を本当に聞いてくれているのだろうか」と不審に思い、それが原因となっていずれ溝が生まれてしまうでしょう。

自分の道を邁進するあまり、周りが見えていなかった例と、相手の顔色ばかり気にしていて尊重していたはずの相手を見ていなかった例、どちらもよい関係であろうとする精神に間違いはありませんが、誰でも何を考えているかわからない人よりも、同じ高さで対等な立ち位置でやりとりできる人の方が安心感が持てるではないのでしょうか。

よい関係に溢れている人も、人との関係につまづきを感じた人も、やみくもに走り回るのではなく今一度一呼吸置いて考えて相手の印象をもってみてはいかがでしょう。

気になるあの人はまっすぐ見えていますか?あの人の目を、ちゃんと見ていますか?

合掌

(西園航大)

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