信仰―法話コーナー

法話

「恩」【2015年9月の法話】

「最後だとわかっていたなら…(ノーマ コネットマレック作)という詩をご存知でしょうか。これは二〇〇一年九月十一日にアメリカで起こった事件の後に世界中に配信されました。私たちは毎日を当たり前のように過ごしていると思いませんか。朝目が覚め昼になり夜を迎え眠りにつきまた朝が来る、そう考えていらっしゃる方も多いことでしょう。ところが、この事件のようにそうでない場合もあります。もちろん、人災や天災も含め同様で、いつもの朝を迎えたとしても突然に日常を奪われてしまうという可能性もありうるのです。

弘法大師空海は著書の中で「一切衆生を観るになおし己身および四恩の如し。この故に敢えてその身命を殺害せず(生きとし生けるものを見るとき、そこに自分の姿と四恩を見なさい。それゆえに殺生してはならない)。」とおっしゃっています。これは「不殺生」の戒にふれている言葉です。「四恩」とは、父母の恩・衆生の恩・国家の恩・三宝(仏、法、僧)の恩のことをさし、さらに「四恩のごとく生きものを見て身命を殺害せず」とおっしゃっています。これは自分を生み育ててくれた父母、食物として私たちを生かしてくださっている他の命、生活を守ってくださっている社会、そして仏の慈悲によって今の自分自身が存在しているということです。その感謝を忘れることなく日々をすごすことができるのならば、その言葉を実感できるのではないでしょうか。

しかしながらもしも空海が現在を知ることがあるのならば、他者だけではなく己の命も殺めてはいけないという意味を含めてこの言葉をおっしゃることでしょう。悲しいことに、日本では平成十年以降、三万人以上の方が自らの命を絶っているという現実があるのです。

命を奪うようなことは決してせず、他者はもちろん自分の命も大切にするということを心がけていかなくてはなりません。

当たり前のように生きているのではなく、私たちは誰もが平等に四恩によって生かさせていただいていると考えれば、命の重みをより深く考えられるのではないでしょうか。自分だけでなく他者も同様です。あぐらをかくことなく、毎日を後悔のないように過ごせるように心がけたいものです。

最後に冒頭に述べた詩の一部を省略してご紹介いたします。

「…私たちは忘れないようにしたい 若い人にも年老いた人にも 明日は誰にも約束されていないのだということを 明日が来るのを待っているなら今日でも良いはず もし明日が来ないとしたら あなたは後悔するだろうから…」

合掌

(三松庸裕)

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