信仰―法話コーナー

法話

「ほんもの」【2015年7月の法話】

昨年に続き、今年も地域の青年僧侶の会に参加するご縁をいただきました。今年は広島市安佐北区可部町の別格本山福王寺に参拝、荘厳なる金堂・不動明王御宝前にて災害等犠牲者慰霊法要を厳修致しました。可部地区を含め、広島市北部は昨年の土砂災害で甚大なる被害を受けたことは周知の通りです。福王寺も車参道の途中が土砂崩れにて寸断。徒歩でのお参りはできますが、今も車参道は復旧工事が進められているところです。そうしたなか、まず今般の土砂災害犠牲者並びに各地諸災害犠牲者、また戦後七十年、この広島の地にて原爆犠牲者の追悼法要を厳修致しました。

続いて奉納演奏。宮島弥山を始めとして、各地で「かみはなまつり」を勤めておられる山口県の般若寺ご住職さまとのご縁により、元「THE BLUE HEARTS」ドラムの梶原徹也さん、和太鼓「蓮風」の友岡宣仁さんをお招きしてのものでした。奉納演奏は、福王寺ご住職さま厳修の護摩のもと行われ、不動明王御宝前に燃え上がる焔に込められた護摩の「祈り」、お二人の力強い心からの「祈り」の演奏、そして我々僧侶約四十名による「祈り」の読経が一つになる感動の場を共にすることができました。お二人はプロの演奏家でありますが、感動したのは無論そうした点にだけではありません。お二人が心からの祈りを神仏に捧げておられる、そのことが全身の皮膚を通してズシンと伝わってくる。そして弘法大師が開かれ、その後も数々の名僧が護持してきた名刹・福王寺のご本尊不動明王とそこに捧げられる護摩の焔を目にし、約千二百年の歴史のなか、脈々と祈りが捧げられてきたことに悠久の時間を感じる。さらに、そこに自身も唱える真言が加わり、金堂内の空間が一つになる。そうした全てに対して言葉にはできない感動を覚え、思わず涙が溢れました。

この度の慰霊法要、奉納演奏に参加させていただき、真剣な心からのほんものの「祈り」とは何か。それは言葉では表現できないけれど、敢えて表現するなら、ただただひたすら有難い。ほんものは言葉で表すことができるのではなく、全身に響くものなのだ、そうしたことを肌で感じることができる素晴らしいご縁に会わせていただきました。私も自身の祈りがほんものと伝えることができるよう、一層精進努力していきたいものです。

合掌

(日高誠道)

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