信仰―法話コーナー

法話

アイデンティティー【2015年4月の法話】

今年は太平洋戦争戦後70年、日露戦争終結から110年、阪神大震災から20年、地下鉄サリン事件から20年にあたり、節目の年と言われています。特に、太平洋戦争で日本は300万人といわれる多くの命を失いました。

明治から昭和のはじめ活躍した日本民俗学の開拓者で「日本人とは何か」その答えを求め、日本列島各地や当時の日本領の外地を調査旅行した柳田 國男(やなぎた くにお)というかたがおられました。その柳田先生が魂の行方について渾身の力を込めて迫った著作がある。昭和20年燈火管制の中で書かれた『先祖の話』という本です。

柳田先生は、「この度の戦争によって国民の生活は底の底から引っかきまわされた。少なくとも国のために戦って死んだ若人だけは何としてもこれを仏教のいう無縁ぼとけの列に疎外しておくわけにはいくまいと思う。」

そんな思いから魂はどこへ行くのか、柳田先生が『先祖の話』で繰り返し説いたのは、山中他界と呼ばれる他界観。人は死すとその魂は郷土の近くの山に登ってゆくという、日本に古くから伝わる考え方。

昭和32年NHKラジオ 朝の訪問では、昔から日本人が考えてきたのは、だいたいどの辺に先祖の霊がいるのか。

「私は里の見える山の上にいるのだと、子孫のことを考える気持ちがあったら、子孫の田園の見えるところ…(中略)…山の見えるところだと必ず山を祀るのです。田植えの初めに…(中略)…理由があるのですね、山から水が流れてくるでしょ、その水が田を養うのですから。こんなきれいな水を上から送ってくれる人は親切な人に違いない、我々の繁栄を念じている人に違いない。丘の上から皆を見下ろしているというイメージは、逆に生きている人から見れば、いつも見られている、見守られているという感覚になるのかもしれない。

見てくれているんだよ、そばにいるし…(中略)…その見守られているとう感覚が、人々を励ましたり、元気づけたりする。」

柳田先生は、人は死ぬとその魂は先祖の霊になるとした。その上で先祖の霊・祖霊は子孫の耕す田んぼごとに降りてくる家の神になると主張する。

日本人の神と霊魂の観念で先生は「必ずある定まった家の田にのみ降られる神がすなわちその家の神であり、それがまた正月にも盆にも同じ家に必ず降られる祖神だったろうということを、私はもう民間伝承によって証明しえられるとも思っています。」

魂になってもなお生涯の地に留まるという考えは、至極楽しく感じられる。できるものならば、いつまでもこの国にいたい。そうして1つの文化のもう少し美しく展開し、1つの学問のもう少し世の中に寄与するようになることを、どこかささやかな丘の上からでも見守っていたいものだと思う。

柳田国男が至った他界観や魂の行方についての考え方とは、先祖の死者達がいずれ神になる、そしてお盆などに家に帰ってくるという信仰ではないだろうか?

現代日本において先祖の祖霊が帰って来るべき「家」のありかた。つまり社会や家、家族への帰属意識が大きく変容し、個人主義が日本の儀礼文化を衰退させているように思える。そして儀礼文化の衰退は先祖を祀るという考えを喪失させていった。節目の年にあたりあらためて、通過儀礼や慰霊や追悼の意味を今一度考えてみる必要があるのではないでしょうか?

合掌

(酒井 太観)

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