信仰―法話コーナー

法話

「慣れって怖い」【2015年2月の法話】

季節のそれぞれを分割しますと、冬もあと三分の一となりました。次の季節への変化の時期というのは何気なく過ぎていくものですが、近年、当たり前の、いえ、当たり前と私達が定義付けていた「変化」が変化してきています。

季節の話に留まらず、変化というものは遠目に観測していると目新しく、また興味深く感じるもので、身近に迫ってきたものを感じると、常に毎日が落ち着かないという衝動に駆られます。

そうして何気なく過ぎていっていた代わり映えのしない日常が、いかに有難いかというものを理解するのですが、こういった「慣れ」というのはなんとも恐ろしいものです。

あれだけ感謝していたはずなのに、不安が解消されたことに喜びを感じていたはずなのに、時が経てば透明になって見えなくなっていきます。無くなったわけではなく、何かのきっかけで慣れてしまったことの大切さに気づけば、再び色づき、有難さを思い出します。

皆様、寒い時期ですので、風邪、はたまたインフルエンザにかかってしまう方もいらっしゃることでしょう。

寒くなってくると一段と気をつけ、万全の対策を施して、中頃になって体が寒さに慣れてくると気が抜けて、気がつくと時既に遅く、風邪をひいてしまっているということも珍しいことではありません。

発症中は毎日が辛くて、一刻も早く治すことに努めます。そして治った時、自分の体が健康であるということは、何より有難いということが文字通り身に染みます。ですが時が経てば、どこかで体調管理を怠って、また風邪をひいてしまう。ということもまた、残念なことに珍しくありません。こうしたところでも私を含めて、有難さが希薄化している日常が伺えます。

また、日々の生活の中で、私達は誰かに何かをいただいたとき、それが物でもそうでなくとも、「ありがとう」と言いますが、それが咄嗟に出ない場面があります。言いそびれてしまった。タイミングをなくしてしまった。いろいろ事情があっても、言えなかったことに対して後々負い目を感じて次の機会はと意気込みますが、そうしたことも「慣れ」てはいけないものの一つであると思います。

二〇一五年が始まって早一ヶ月。心に決めた新年の抱負は薄れていってはいないでしょうか。

今年はそうした有難いという心を色づかせたまま過ごしたいものです。

合掌

(西園 航大)

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