信仰―法話コーナー

法話

生かされて【2014年12月の法話】

「山川衆生を保育して、亦みずから有せず。」

これは、江戸時代の真言宗の僧である慈雲尊者の法語であります。山川とは宇宙全体の無限の恩恵を表し、衆生とは我々人間を含む一切の生きとし生けるものを指しています。『宇宙の営みによって無限の恩恵が山川を通じて、一切の命を育んでいる。しかし山川は、その代償をわれわれには要求したりしない。みずから有せず、何ひとつとしてわがものにしようとせず、ただ保育するだけの役目なのである。山川はそれを太古から、永劫の未来まで黙々と続けている。』と、いうような意味であります。

しかしながら私たちは、常に何かに執着し要求しながら生きています。それがかなわないと、相手恨んだり、怒ったり、妬んだりしてしまいがちです。それが人間だから仕方がないとうそぶきながら言い聞かせて、大切な一日を無駄に生きているように思えてなりません。毎日多くの雑音によって麻痺してしまった五感は、正しい智恵を埋没させてしまいます。

ひとけのない朝早く弥山三鬼堂の縁側から、海や山などをみながら心静かに五感で感じてみますと、目にはみえないけれど生かし生かされながら、生き物たちが命の生滅をただ黙々と繰り返す音が聞こえてきて、多くの命に出会い、そして生かし生かされながら生きていることに気付かされます。山川が育んでいることが、当たり前ではなくありがたいと思えること。そして、自分自身も何かを育んでいる存在の一つであることに気付く。そう思えてきたときに、無限に広がる仏の慈悲の世界へ飛び込んでいけるのではないでしょうか?

人間は日々成長していくしなければならない存在です。そのためには、「○○になりたい」という願望は必要不可欠です。それと同時に、「今、生かされている」という、感謝と自身をふり返り「自分のここがいけないのだ」という反省の気持ちで日々精進していきたいものです。

合掌

(酒井 太観)

◆◆◆法話のバックナンバーはこちら◆◆◆


戻る

NMJNet Market Japan Corp.