信仰―法話コーナー

法話

ちょうどいい【2014年10月の法話】

秋へ入り、一年も残すところ四分の一となりました。

大聖院によくお参りされる方には今更の話になりますが、祈祷受付の前に、星回りからその年一年分の吉凶を示した大きな看板があります。大吉、半吉、末吉、そして真っ赤な大凶。はじめてお参りに来られた方は気になって仕方のないことかと思います。そうして星祭りや厄除け祈願の特別祈祷等、お申し込みになられたりするわけです。

それぞれの吉凶にも何種類かあり、特に羅業星は大凶の中でも最も悪い運勢を示すといわれております。

神社やお寺などでおみくじを引かれる際にもそうですが、例えばの話、大吉を引いたからと言ってその年に宝くじを買えば当たるというわけではありませんし、大凶だからといって家に閉じこもっていれば安全というわけでもありません。

我々は目の前にそうした変化の大きなモノを目の当たりにすると、どうしてもその場でなんとかしようと考えを巡らせますが、あまりそれらに気をとられすぎてしまうと、大事な何かを見落とすことになりがちです。

要は気にしすぎないということなのですが、気にしないといっても関心を持たない程になると、それはそれで大きな問題に発展することもあります。

例として、困っている人に対し、世話を焼きすぎるのは、世話をする側の自己満足に過ぎず、その人にとって迷惑にもなり得ます。逆にまったく構わないというのはそもそも問題外です。

プラス過ぎても、マイナス過ぎても、うまくいかないことというのは多いものです。

仏教の祖であるお釈迦様は、元々は王族で何不自由ない生活をしておりました。ですが、人としての幸せとは何か。苦しみとは何か。つまり悟りを求め出家し、修行をはじめられました。しかし中々悟りに至ることが出来ず、苦しみの果てに求める答えがあると信じ、想像を絶する様々な苦行の限りを行いましたが、苦しめば得られるというものではなく、そうして得た答えは、両極端なことをしていても本当に大切なことには気づくことが出来ない。というものでした。この教えを「中道」といいます。

少し季節を遡りますが、今年は大変雨が多く、完全に晴れとなった日は数える程しかありませんでした。一方去年の夏は水不足と言われる程全く雨が降りませんでした。本当に両極端な気候変化になり、中程が一番望ましいということを、中道の大切さというものを再認識させていただいた夏となりました。

両極端過ぎない、丁度いいというポイント。中道の実践、というと聞こえは難しく感じるでしょうが、こういったことの積み重ねから、よき縁というのもうまれてくるものです。

合掌

(西園航大)

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