信仰―法話コーナー

法話

「ありがとう」【2014年5月の法話】

ありがとうと言われると嬉しいものですね。

皆様は今日何度「ありがとう」を言いましたか?

私が幼い頃、祖母によく言われていたことがあります。「何もできなくてもいい。いただきます、ごちそうさまでした、ありがとう、ごめんなさいの言える人になりなさい。」今思えば、いただきます、ごちそうさまでしたも、「ありがとう」と同様感謝の気持ちが込められた言葉です。気持ちというのは態度に表れるものです。豊かな気持ちでいることが豊かな行いを生み出します。

またこのようにも言われました。「奢ることなく謙虚でありなさい」謙虚な気持ちで溢れている人は誰に対しても腰が低く、まるで口癖のように「ありがとう」と口にするものです。物事を成功に導くには、自分の力だけでなく周りの協力があってこそです。謙虚であればこそ、他人の協力や気遣いに気付く力を持ち合わせ、そして相手への労いの言葉が生まれ、お互いがたくさんの幸せな気持となります。

常に清らかで謙虚でいることで、人の優しさやたくさんの人の手を借りて生きていることに改めて気付かされるのです。これも「ありがとう」から生まれた結果です。

弘法大師・空海は「我、諸法を観るに例えば幻の如し。全て是れ衆縁の合成するところなり。(この世の全ては幻のようなもので、全ては多くの縁で生じた仮の姿である)」とおっしゃっています。般若心経の中に「色即是空、空即是色」とありますが、空海の言葉はこの「空」のことを言ったもので、全てのものに固有の実体はなく、物質も肉体も現象も全ては「因と縁」で生じた仮のものであることを表します。私たちは多くの人と無数の「縁」を結びながら、毎日を生きています。大事なのはその縁を活かし、思いを実現させたり何かを成し遂げるために縁を導くことです。そのためにも感謝の言葉を忘れないことが大切です。

「ありがとう」という感謝の言葉や気持ちは他人だけではなく自分の心も豊かにしてくれる言わば魔法の言葉なのだと実感しております。人は親しくなればなるほど照れくさくなったり、忘れがちになったりと、なかなか「ありがとう」と言えなくなるものです。しかし、諸行無常のこの世の中で、いつまでもそこにあるのが当たり前などと奢らずに、まずは身近な家族や友人、愛する人に今私たちが生かされているという事実にこの魔法の言葉を言ってみるのはいかがでしょうか。「ありがとう」という言葉で一日を迎え無事に過ごせたことに感謝して、「ありがとう」という言葉で一日を終える、これからもその心を忘れずに生きてまいりましょう。

合掌

(三松庸裕)

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