信仰―法話コーナー

法話

「覚悟」【2014年4月の法話】

私が好きな言葉に、「いまやらねばいつできるわしがやらねばたれがやる」というのがあります。この言葉との出会いは、高野山金剛峯寺第四〇三世座主堀田真快大僧正の色紙(写しですが)に書いてあったものであります。つい最近まで、堀田大僧正のお言葉なのだと思っておりましたら、百歳を超えてなお現役として活躍した日本彫刻界の巨匠である彫刻家の故平櫛田中(ひらくし でんちゅう)氏のものだとわかりました。平櫛田中は、明治5年、現在の岡山県井原市に生まれ、青年期に大阪の人形師・中谷省古のもとで彫刻修業をしたのち、上京して高村光雲の門下生となりました。その後、美術界の指導者・岡倉天心や臨済宗の高僧・西山禾山(にしやまかさん)の影響を受け、仏教説話や中国の故事などを題材にした精神性の強い作品を制作されたかただそうです。

さらに調べておりますと、こんなやりとりもあったそうです。昭和42年(1967)の早春、宅を訪ねた井原市の山岡昇市長に、田中は、「山岡さん、人間は思ったら直ちに実行せねばいけない。考えただけではやったことにもならず、消えてしまうものです。『いまやらねば、いつできる』ですよ。そして、『わしがやらねばたれがやる』と自分で覚悟すること。これが人間の努力を確実にするものですよ」と、熱っぽく話した。山岡市長は、末だ経験したことのない深い感動を覚えたと言っている。

発心という言葉がある。発心とは発菩提心、つまり菩提を求める心を発(おこ)すこと。悟りや智慧の獲得をめざして菩薩道を歩むこと。修行を始めること。仏教においてもっとも重要なことであります。菩提心とは何かといえば「如実知自心」、実のごとく自心を知ることである。ありのままに自分自身がどういうものであるか、何に迷っているかを自覚することである。自分自身にいつも目を向けて行くから日々に新たである。結果や環境条件に左右されないことでもあります。真言宗の勤行次第には必ず発菩提心真言(おんぼうじ、しった、ぼだはだやみ)を称える。菩提を求める心を起こすとき、菩提即悟りが顕れるといわれています。

私は、発心とはひとりひとりが自身の覚悟を決めるようなものなのではないかと思います。「いい事」も「悪い事」も、全てのことが「自分のせい」だと思えば、まだまだ成長の余地だらけの自分に冷静な目が行き、「うん、まだまだ一所懸命にやらなければ」と思えてくるはずです。あきらめない覚悟が希望の光をもたらすのではないでしょうか?

「実践、実践、また実践。挑戦、挑戦、また挑戦。修練、修練、また修練。やってやれないことはない。やらずにできるわけがない。今やらずしていつできる。やってやってやり通せ」

合掌

(酒井 太観)

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