信仰―法話コーナー

法話

頂いているもの【2013年4月の法話】

春といえば、新生活の始まりということでテレビや雑誌等で新生活応援の宣伝広告を良く目にします。現に私も二年前の今頃に大聖院でお世話になる事になり、宮島に来島させていただけることになりました。こちらに来る前は不安がなかったかといえば嘘になりますが、皆さんによくして頂いているお陰で少しずつ慣れてきました。

新生活を迎える方々はこれからたくさんの人と出会います。人との出会いを、仏教を取り入れたことわざがあります。「袖振り合うも多生の縁」日常生活で誰かと道ですれ違って袖が触れ合っても縁であるということです。この「多生」というのが仏教語でこの世に何度も生まれては死を繰り返す「輪廻転生」をいいます。人一人と出会うことは沢山の生まれ変わりの中で縁が働いて決して偶然ではないということ、出会うことを大切にしなければいけないということを言っています。

今思えば、私も沢山の御縁のもとに生活し、沢山の方々に支えられ、時にはぶつかり悩み、人が嫌になったりしながら道を引き立てて頂いて、今日に至ります。ましてや合い難き密教の教えにも御縁がありました。日々のお勤めの中に『開経偈』といいお経を読唱する前に唱える詩があります。(偈(げ)とは詩のこと)  
無上甚深微妙法  
百千万劫難遭遇  
我今見聞得受持  
願解如来真実義
(お釈迦様の教えは、深遠にして最高の真理の教えである。そのような素晴らしいおしえに出会えることがすごく長い時間に一度もないくらい得難いものである。そんなまたとないチャンスに恵まれて、私はその教えを聞くことができ、それを受持することができる。われわれは、如来、すなわちお釈迦様の教えの真実の意義を理解しようとする。)

お寺へお参りに来られる皆様は、目には見えない沢山の働きによって仏縁があられる故(ゆえ)にお参りができるのではないでしょうか。人との出会いも勿論大切ではありますが、神仏と御縁があることに日々感謝して、逆境にあえば「ついてねえ」とか「畜生」とかのかわりに「南無大師遍照金剛」であったり「南無大日大聖不動明王」と真理の言葉を口にするように心がけ、「自分は神仏と御縁があったんだ、苦しくても負けてたまるか」と自分を奮い立たせ、逆境も知恵の試練と受け止めることが大切ではないでしょうか。実はすでにお参りできること自体が御仏のお徳を頂いていることでありましょう。まずは一刻、一刻を精進して安堵の境地を人と分かち合える様、深く感謝して一日を過ごしたいものです。

合掌

(白井祥雲)

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