信仰―法話コーナー

法話

慈悲の心【2013年2月の法話】

私の尊敬する師と仰ぐ方が先月亡くなられました。僧侶になる前からいつもご自分の息子のように、励ましてくださいました。現在の私があるのもその方のおかげです。私はその方から常日頃、「太観さん、慈悲の心を持ちなさい」と言われていました。その頃私は、在家の信者で自分にそのような事ができるのかと思っていました。修行中からもずっとその言葉が心に沁みついて離れませでした。その意味は何なのだろうかと、今でも私の人生の宿題です。

同体大悲という言葉があります。簡単に言うと、“あなたが悲しいと、私も(神仏)悲しい。あなたが嬉しいと、私(神仏)も嬉しい≠ニいうことです。つまりこれが慈悲の心ではないでしょうか。では、どのようにすると神仏の心、慈悲の心が持てるのでしょうか…。まず、本来あるべき自分を知ることです。何が悪くて、どのようにすれば良いのか、すなわち懺悔の気持ちを持つことがとても大切になります。それは、人の位が上がる時にできる作法であり、悪かったと思う時には、もうそこを越えていなければできないはず。伸びることができる有難いチャンスなのです。今の自分から脱皮するようなものです。思い通りにならない、苦々しい人生を乗り越えようと辛抱を重ね、心を練りこむことは、自分自身と素直に向き合うようになるのですから、自然と「思いやりの心」を持つことができるのです。この「思いやりの心」は、神に通じる力へとなっていきます。なぜなら、神仏はこの「思いやりの心」が大好きなのです。だからこそ私たちは三鬼大権現様をはじめ、諸神諸菩薩、ご先祖様に真と誠の心を受けとって頂きたいと思いお参りするのです。だからこそ、おかげを授けて頂けるのです。これは毎日コツコツ続けなければなりません。まずは、今日一日はじめてみましょう。次の日は、「今日も一日だけ、やってみよう」と思いましょう。一日だけならできるはずです。

皆様の懺悔と感謝、努力そのものが、必然の験(しるし)となって現れますよう、今年も希望を持ってお参りさせて頂きましょう。

合掌

(酒井太観)

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