信仰―法話コーナー


法話

結 縁【2012年9月の法話】

皆様、お盆はどのように過ごされましたでしょうか?

故郷へ帰り家族でお墓参りをしたり、日頃は会えない親戚の方にお会いしたり或いは、友人知人恋人などと共に過ごされたり様々だと思われます。お盆の期間中、私は弥山で勤務しておりまして沢山の方々にお会いしました。家族で夫婦で恋人同士で来られる方、色々な方がいらっしゃいました。そんな中、弥山勤務の最終日の夕方、三鬼堂の片付けをしておりますと、霊火堂の前でプロポーズをしている若い二人を見かけました。それまで、沢山の方がいらっしゃったのに、この時はタイミング良くだれもいなくなり、二人きりでした。(私は上から見ていましたが…)女性の方は突然の出来事にびっくりして、「何、何?なんで、なんで!?」とパニックになっていましたが、そこで男性が指輪を出してひざまずいて、またプロポーズ…彼女の答えは「よろしくお願いいたします。」でした。二人にとって私はただのお邪魔虫だったでしょうが、私は感動的な場面に出会えて幸せをおすそわけしていただいたような気持ちになり、嬉しく思いました。

ご存じのかたもいらっしゃるかとは思いますが、弥山は約千二百年前お大師様(弘法大師空海)が修行された場所であり、霊火堂にはその修行の際に使われとされる火が、今もなお灯され続けおります。また、弥山の名の由来は山容が須弥山(神々が住む山)に似ているところからつけられております。弥山は今もなお神仏習合の名残りのある信仰の山であり、諸神諸菩薩の道をたどって生かせていただく聖地であります。そして今もなお、多くの方が三鬼大権現様を信仰され、救いを求めて弥山へと足を運んでおられます。

さて、日本に古くからある考え方では、ものごとを生み出す力のことを「産霊」と書いて「むすひ」といいます。これは「結び」に通ずる言葉ですが、結ぶこと結合することで色々なものが生み出されるという日本古来の考えと、お釈迦様の説いた「すべてのものごとは縁によって起こる」という縁起がなんとなく一致するのはなんとも不思議であります。

私が弥山霊火堂前のプロポーズの場に居合わせいただいたことは、如来説法のこの聖地で「結び」の瞬間に居合わさせていただいたのではないかと思うと、大変ありがたくあらためて三鬼大権現様のお力を感じました。

私達の人生は色々なしがらみにかられ、心揺さぶられ、どうして良いのかわからないことや厭になること、苦々しく生きていかなければいけないことのほうが遥かに多いように思われます。また、人間には三大欲求があるために煩悩はなくなることはなく、その煩悩がある故に苦しむのです。しかし、私達はどんなことがあっても前に向かって進まないといけません。すこしずつ自分のできる範囲で、日々生かされていることに感謝し、そして煩悩がある故の自分の犯す罪を日々懺悔し、至心にお参りいたしますと自然と神仏のご加護があることでしょう。お参りするとは、神仏と縁を結ぶことであります。結ばれた縁から生み出される目にはみえないお力、そのお力がすごいのです。「まかぬ種は生えぬ。」

けっしてあきらめず、希望をもち日々過ごしていただきたいものです。

合掌

(酒井太観)
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