信仰―法話コーナー


法話

自然に学ぶ【2012年5月の法話】

新緑の芽吹く美しい季節となりました。

ふとまわりを見渡せば美しく咲いた花や芽を出し始めた若葉、ふと耳を澄ませば、鳥のさえずりや川の流れる音、風邪で草木が揺れる音など、毎日忙しく過ごしている中でも自然の息吹を感じることができます。

私たちの住む日本にはありがたいことに春夏秋冬があり、四季折々の風情を味わうことができます。

弘法大師空海は「五大に皆響き有り、十界に言語を具す。六塵悉く文字なり、法身は是れ実相なり。(自然界の響きは宇宙の声であり、風邪も光も緑も水もすべては仏からのメッセージなのです)」とおっしゃっておられます。

難しい言葉ですが、五大とは「地・水・火・風・空」の自然界をさします。また六塵とは「色・声・香・味・触・法」という私たち人間が外界から受け取るすべての感覚のことをいいます。

仏様の教えと口にすると難しく敬遠されてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、教えとは経典の中だけにとどまらず、私たち人間をとりまくこの世界すべてにあるのです。

先ほども申しましたように、花や葉の色や香り、風に揺れる草木、水の冷たさや、朝日の眩しさや夕日の美しさ、夜空に輝く星や月の静かな灯り、また時には嵐のような雨や風、雷などもすべては、仏様からのメッセージなのです。

のちの道元禅大師(曹洞宗開祖)は「峰の色 谷の響きもみなながらわが釈迦牟尼の声と姿と」と歌に詠まれ、自然界すべては仏様の姿そのものであり、我が身と一体なのだという喜びを表したといわれております。
(釈迦牟尼とはお釈迦様をさします)

文明が進み、便利なものも増えてきた現代ですが、その反面時間に追われ、毎日を慌ただしく過ごしてしまいがちで、その結果心にもゆとりもなくなり、小さなことに腹を立てたり、人を責めたり、人を悪く言ったりしてしまいがちですが、私たちのまわりにはどんなに姿や環境が変わろうとそこには自然があるのです。

自然の中に私たちがいる、自然とは仏様そのものであると考えると、私たち生命あるすべては皆平等に仏様の中に存在しているといえるのではないでしょうか。

ですから忙しい時や腹の立つ時こそ、ふとまわりに目をむけ耳を澄まし、自然の声を感じてみてはいかがでしょうか。

どんなに文明が進んでも、自然に敬意を払い、挨拶や慈しみの心を忘れないことが、まず私たちにできる第一歩なのではないでしょうか。

花や草木の美しさに目を向け、風の音に耳を澄まし、生命あるものすべてに慈しみの心を持ち、食事として命をいただくことに感謝をし、無事に毎日を過ごさせていただけることに今日も感謝の心を忘れずにいましょう。

合掌

(三松 庸裕)
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