信仰―法話コーナー


法話

良く忘れる【2011年9月の法話】

私を育ててくれた父は今この世にはいない。三年前の十二月に私の父はあの世へと旅立った。母が亡くなり、周りの方の支えにより少しずつ心が回復しだした、その矢先であった。
どこまでどん底に落とされるのかと、仏も神もないと夜は悔しくて涙がでた。
 父は喉頭癌で、食道と胃にすでに転移していて手術をしたが、声帯を奪われてしまい声が出なくなってしまった。手術後の父の看病のため、当時高野山大学在学中であったが、実家に帰り二カ月ほど病院に通った。十代のころ散々迷惑をかけていた時から、父とはあまり会話はなかったが、病気になり痩せた父の姿をみていると、少しでも楽しい話をしたいと思えた。父は声が出ないから、筆談で紙に書き私とやりとりをする。母の生前の話や、祖父(父方)の話で盛り上がったのだが、紙に書くのも大変だし字がわからない時があり、聞き返すとイライラし歯ぎしりをして、紙を乱暴にあつかったりしていた。見ているのが辛いと思う時もあったが、その時はそれどころではなかった。毎日病院にいき、ブラックコーヒーとノンシュガーの飴を買って一時間くらい話をして帰る。という繰り返しで、この時が一番父と色々な話をした。当時、父は祖父と二人暮らしで、祖父の食事を毎日作っていたので、私が病院から帰る時にはお金を渡され、「今日は爺さんに何々を買っていってくれと」いつも祖父の心配をしていた。本当に優しい父だった。病気でも優しい顔をしていた。父が亡くなったことを、叔母さんから聞いたとき悲しみはなかった。正直よかったと思った。「地獄から解放されてよかったな。親父」と心の中で叫んだ。
 今も、これからも私は親から教わったことを大切に思えますし、忘れることはないですが、少しずつ忘れていることがあります。それは親を亡くした悲しみを時間とともに忘れてきていること。時間が解決するとは、次第に「忘れる」ということで、これ自体が神仏や、数々の先祖から頂いている慈悲であり、人間がこの世に生を授かった時からの苦しみや悲しみを乗り越える「知恵」なのではないでしょうか。私という一人の人間がこの世に生を受けるのに十代さかのぼると千二十四人のご先祖様が、二十代さかのぼると百万を越す多くのご先祖様がいるそうです。生きることに知恵を絞りながら必死で生きてこられたことは間違いないことでしょうし、子孫の為に必死で生きてこられた時代が確かにあったのでしょう。悲しみ苦しみは、いつまでも続かないですし、次第に忘れてしまうものでもありますが、一番近いご先祖様の生き様は心の中で、忘れずに温めておきたいものであります。

(白井祥雲)

◆◆◆法話のバックナンバーはこちら◆◆◆



戻る 

NMJNet Market Japan Corp.