信仰―法話コーナー


法話

水の恵【2011年8月の法話】

 人間にとって水とは?蛇口をひねれば、とめどなく流れ出る水道水、それを沸かせばお湯になり、冷やせば、氷になる万能で必要不可欠な物です。そして、われわれ人類が、存在する数十億年前から、水は存在し、それによって命あるもの全てが、まぎれもなく生かされています。人間の体の約六十五%〜七十%も、水分だといわれています。すなわち、私達も、水で、できているといっても過言ではありません。その水の恵によって、すべての生命、動物も、植物も、魚も、すべての生命は生まれ、成長し、実になり、熟し、私達の口に入り、エネルギーとなり、考える力となり、私達は生かされているわけです。
又、神の世界、仏の世界でも水の存在はとても神聖な役割を担っています。真言密教の、根本の教えの中に、六大縁起という言葉があります。六大縁起とは、私達人間をはじめ、すべてのものは、地、水、火、風、空、識(心)の六つの性格と活動を持つことによって、この世に生まれでていると言う教えの事です。又、皆さんが神社、仏閣にお参りする際、手を洗い、口をすすぎ、体を清めて、神さま、仏さまに手を合わせることだと思います。私達僧侶も、行に入る前、必ず水を浴び、心と体を清めてから行に入ります。又、行の一つとして滝行があり、滝の水に打たれる事によって、体に宿る不浄なもの、心の煩悩、欲を洗い流していただく修行であり、その際、水一滴をもありがたく、いただきながら清めさせていただくのです。それだけ水というのは行の世界でも、尊く、ありがたいものなのです。
私達が、生きて行くための源となる水、自然の恵み、しいては、全宇宙の恵と言っても過言ではないでしょう。
しかし、時にはその恵の水も逆に、私達の命を奪い、私達の大切な人を奪い、大切な物をも奪ってしまうこともあります。やはり私達は、自然の力、水の力によって生かされているという事を改めて認識し、感謝しなければいけないのではないのでしょうか。
又、これは、日本独特ですが、水は私達の心をも、潤し、癒してくれます。もともと語源として、人との口論、口喧嘩などに割って入るのを、「水をさす」といいますし、お互いの争いを終わらせるときは、「水に流す」といいます。水は、人間関係を治めることにも使いますね。逆に、幸せな人間関係や、仲のよい間柄には、「夫婦水入らず」、「家族水入らず」とも言います。
私達の周りには、感謝しなければ、おかげ様と思わなければならない事は沢山ありますが、ここで一つ、水の恵について、そう思うことが今一度できるようならば、私達の心も、人間関係も自然と、水入らずの間柄に、なっていけるのではないのでしょうか。

合掌

(三松庸裕)

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