信仰―法話コーナー


法話

ニーズ【2011年4月の法話】

 

先日、あるお参りされる男性の方の姿を見ました。その方はお子さんを若くして亡くされた方で、そのお子さんの思い入れがある石仏の前で、まるで亡くされたお子さんにでも話しかける様にお声掛けされていました。短い時間でしたが、最後に「又、来るよ」と言ってられる姿が忘れられません。
 人にはそれぞれ思いや希望が有り、その望みが叶う事も有れば、叶わない事もあります。ごく当り前の事ですが、その思いの強さは、その本人さんにしかわからないです。先日あるテレビ番組を視ていると、お寺と現代について放送していました。その中でアンケートが有り、僧侶や寺院には期待していないが、宗教(仏教)には期待して九割以上の人が関心あると答えていました。寺院や僧侶に魅力が無いのは、精進して改善していかなければなりません。二十一世紀の現代は、ひとむかし、ふたむかしに比べて多種多様になり、人の関係も希薄になって個々に悩みをかかえて仕舞い、そんな苦しみから逃れる為に仏教に救いを求める様になっている。そんなニーズは、我々が思っているよりも早いスピードで多くの人々に広がり、その依存度は高くなっています。その需要に対して供給がともなってなく、期待に対して満足度が足りないから、直接関わりが有る僧侶や寺院の期待度が下るのだと思います。期待に応えられないのは力不足ですが、求める人々は、その希望に対して自分にとって都合の良い答えしか受け入れてない様にも感じられます。例えば「受験」、これは本人の努力が全てだと言っても過言ではないと思います。残りのほんの少しの運と神仏のご加護が結果に出てきます。なのに希望と言うより欲望に対して都合よく結果を求めるから、祈祷を頼んだのにダメだったとか、試験中に問題をインターネットで答えを得ようとするのだと思います。希望を高くもつ事は良い事ですが、それに見合った事をしなければなりません。我々としては、人々の求める心に対して、「正しい思考、正しい行動、正しい言動」に導き、共存共栄し、悔いの無いものにしていかねばと思います。

(福嶋範道)

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