信仰―法話コーナー


法話

大きくはばたくために【2011年1月の法話】

人はどんな困難にあっても絶望せず、よりよい将来を築こうとする意欲を捨ててはなりません。しかし言うことは簡単ですが、これを一貫して生きるということは決して優しいことではありません。どうしても狭い心になって他をさばき、咎め、恨むようになりがちですし、また自分の過去の貧しい足どりにとらわれて、毅然として未来に希望を持ち続けるということが出来にくいこともあります。過去にとらわれると申しますのは、強く正しく生き抜こうと努めてみたが、出来なかった、失敗したという経験が積み重なると、つい自分で自分に見切りをつけるということになりがちだという意味です。
 この世に生まれいずる一切の生命は、何一つ望まれないものはなく、また、互いに関わりあい縁起によって成り立っています。だからこそ、互いに愛を以て助けあうことが大事であり、孤独を感じ絶望してはいけないのです。愛とは関心を持つことであります。例えば、病気の親に対して心を向けることや、親が子のよりよい成長を願う心、また自分自身の命を大切に思う心など、心と心の関わりを持つことなのです。
 逆に、孤独を感じ、絶望するということは、心と心、命と命の関わりを自らの差別心(狭い心)によって、否定することなのです。人は皆、一人では生きていくことはできません。親や祖父母、ご先祖様、私を生かしてくれる一切の命の恵みのおかげで、生かされて頂いているだけなのです。だから、命ある限り一生懸命に生きていかなければなりません。一生懸命とは、心の奥底から懺悔と感謝の気持ちを持ち、一心に相手のものの尊さ、ありがたさを知るということです。したがって、まずは人間として生まれたことを喜びましょう。心から感謝しましょう。自分の境遇をありがたく感じましょう。他への境遇を羨む必要はありません。なぜなら命ほど尊いものはないのですから…
 大きく羽ばたける毎日であるために、健康で希望の光に満ちあふれ、心穏やかになるように、今年一年も三鬼大権現様をお参りしましょう。

(酒井太観)

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