信仰―法話コーナー


法話

愚痴を減らす心の持ち方【2010年5月の法話】

言っても仕方のないような不平・不満を言うことを「愚痴をこぼす」といいますが、「愚痴」とはもともと仏教用語で「愚かなこと」「真理に対する無知」を意味します。それが誤った行動のもととなり、あらゆる苦しみを生むのですべての煩悩の根源とされています。
他人の愚痴というのは聞いていてあまり良い気はしませんし、確かに言っても仕方のないようなことしか言っていません。そのように人の愚痴は耳につくものですが、言っても仕方のない愚痴を自分が言っていることには気付かなかったり、気付いていても正当化したり、自分の都合の良いように考えてしまうことは誰にでもあることではないでしょうか。私もそうした一人です。その時はよくても、愚痴をこぼすというのは自分自身にとってもあまり後味がよくないものです。
私たちが日常生活のなかで経験することには、良いことも悪いこともあります。しかし、その良いこと・悪いことというのは、自分にとって都合の良いこと・悪いことをいっているのではないでしょうか。我々は物事を見るとき、どうしても主観的(或いは寧ろ自己中心的)に考えてしまいがちです。そうすると自分を中心とした尺度のものさしでしか物事を測れなくなってしまい、相手に対して不平・不満が募り、愚痴ばかり言うようになってしまいます。他人に対して愚痴を言うのは、自分が小さなものさしでしか物事を見ていないということには気付かず、相手の悪いところばかりを見てしまっているからでしょう。これは問題の挿げ替えともいえます。自分の落度は棚に上げて、何事も相手のせいにしてしまえば確かに楽です。しかし、実は問題は相手にあるのではなく自分自身の考え方にある。つまり相手が悪いのではなく自身の心の持ち方に問題があるのだということに気付かなくてはなりません。自身の心の持ちよう次第で何事もプラスに動いていくものです。
他人に対して不平・不満を言えば限がありません。だからこそ、自身の心の持ち方を変えて、小さなものさしではなく、自分が幸せになる(自利)と同時に他人も幸せにするような(利他)大きなものさしで物事を測ってみてはどうでしょうか。大きなものさしで他人を見つめてみてはいかがでしょうか。「私が」という考えに固執するのではなく、相手の立場に立ち相手の気持ちにもなって考えてみることが大切です。そうした時に、相手が幸せを感じるようであれば、きっと自分自身も幸せを感じることができるはずです。すると互いに不平・不満はなくなり、愚痴をこぼすことも少なくなるでしょう。心の持ち方次第で愚痴は減らせます。大きな心をもって日々過ごしたいものです。
合掌

(日高誠道)

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