信仰―法話コーナー


法話

より良い未来を【2010年4月の法話】

運命と宿命という言葉があります。字の違いと共にその意味合いも少しばかり違います。まず運命とは、一つの命が辿る未来への道筋の事を言います。そして宿命とはその未来への道を歩むにあたって必ず起こる、避けては通れない出来事の事。私達真言宗の僧侶は、人間の命はこの世に生まれ、死んで終わるのではなく、輪廻転生をすると考えています。これは一つの命『魂』が地獄道、修羅道、畜生道、餓鬼道、人間道、天道、という六つの世界、この六道を巡るという考え方の事です。この命が巡る中で、前世にした行いや、現世に生まれてからして来た行いが一つの因縁となって、起こる出来事、これを宿命と言うのです。これは何人たりとも避ける事は出来ません。 逆に運命は、精進する事によって今決まっている未来からより良い未来へと変える事が出来ます。 例えば、二十歳位の男性がいるとします。彼は煙草を一日に何本も吸い、大酒を飲み、偏った食生活をし、あまり運動をしない。そして感謝する事を知らない。親がいて自分がいるという事。家族に親戚、友人、あらゆる全てのものに生かされているという事に気付いていない。 そんな彼がそのまま十年、二十年、三十年と時を過ごして行けばどうなるでしょうか。ただただ時間を過ごしてしまった未来の彼は、恐らく健康な肉体ではなく、それに宿る精神も稚拙で自分勝手であり、他人の気持ちを考える事の出来ない人間になっているでしょう。 ですが、もし彼がその事に気付き、その未来を迎える前に今の自分の行いを正せば、つまり煙草、酒を程々にし、食生活を正し、他に感謝をする。それをする事が出来れば、迎えるはずであった未来よりも必ず良い未来を歩む事が出来るでしょう。 精進すると言うことは、なにも厳しい修業をするのではなく、ただ一つの生活習慣を正すという、ただこれだけの事でも良いのです。その一つの行動に自分の未来をより良くする力があるのです。皆様が自身の未来を考え、その未来が少しでも明るく、より素晴らしいものになる様に何か一つ自分の為になる事を見付けていただき、それを頑張って続け、精進に励んでいかれる様、お祈りし申し上げます。 合掌

(虻川義照)

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