信仰―法話コーナー


法話

【2010年11月の法話】

私達僧侶は、仕事柄、お盆やお彼岸、法事で色々なお宅にお邪魔する事が多いです。一軒家やアパート、マンションなど新しいのや、歴史を感じる物、本当に多種多様にあります。その中でも歴史を感じるお宅にお邪魔して玄関から入り居間の横を通り仏間でお勤めをして、客間でお茶を頂戴し、帰りにそこの自産された野菜を土間から持ってきてもらい頂いて帰ることが、しばしばです。この文章を読んで頂くとお分かりの様に、昔ながらの家には、間がつくところが多いことに気がつきます。間が付くところには人が集まる所、家族・親族だったりご近所の方から来賓まで会話をする場所に使用されています。しかし、現代風な西洋作りの家では、土間なんて無く居間はリビングと言い、和室の一角が仏間になっています。

先日こんな話を聞きました。戦後、高度成長期の時、子供はテレビばかり見ないで勉強しなさいと親に叱られていたそうですが、今は、ケータイばかりみないで勉強しなさいと叱られる。今はテレビをテレビで見ないでも、ケータイやコンピューターで見られる時代ですから、三十年位前はテレビを観るのでも、一台に家族が集まり会話しながら見ていたものです。今はそれぞれ見たいものを観る時代です。それが良いか悪いかは別にして、人と人の会話が少なくなる事は問題があると思います。これは社会全体の問題だと思います。子供の虐待や、老人の居るか居ないのか分からない戸籍の問題など。昔は井戸端会議があり、色々問題をクリアーしていたものです。私達にも人間と言う「間」が付いているように、会話をして理解しあい生活していき、仏間の仏さんが安心でいられるようにしましょう。

(福嶋範道)

◆◆◆法話のバックナンバーはこちら◆◆◆



戻る 

NMJNet Market Japan Corp.