信仰―法話コーナー


法話

楽しむ【2010年10月の法話】

おおよそ人にはそれぞれ夢や目標、やるべき事があります。勿論私にもあります。
それは人によって様々ですが、それに向かって頑張ったり努力するということは同じです。
自身の夢や目標に向かっていくのに怠る人はいないはずです。仮に居たとすれば、それは夢や目標とはいえません。
自分で志を持ちそれに向かっていくという事は、容易ではなくとても辛く厳しいものです。しかし、それに対する努力があるからこそ成就するのだと思います。そうはわかっていても実際にその苦難にあったとき、人はどうしても悩んだり落ち込んだり、またその現実から逃げ出したくなったりしてしまうものです。私にもそういった時期がありました。こうなってしまうと(その悩み、苦難を正面からうけとめてしまうと)よくありません。自分を見失ったり自分の殻に閉じ篭ってしまうことの原因となったりします。これは本当によくありません。ではどうしたらよいのでしょうか。それは広い心を持ち、なにがそれの原因なのかを考え行動し、あきらめないこと。

あきらめずに努力することはすごく大切なことです。しかし剥きになってやることは良くありません。大切なのは気合ではなく根気とでもいいましょうか、線香の火のように一定のペースで頑張ることが大切です。ときには勇猛に精進するということも必要ですが、根気よく物事を見極め、やるべき事をやることが大切です。そしてなにより楽しむことが大切です。

せっかく努力しても嫌々だとか、「やらなくてはいけない」だとかそういった気持ちだともったいなく思いますし、こういった姿勢では自分を苦しめているようにも思えます。こういった努力では空回りするだけで、無駄になってしまいがちです。

私は以前こういった言葉をみつけました。「楽は志の成就を願う」まさにその通りだと思います。志には苦しみはつきものです。それを楽しめるようになったら、それは本物になるんだということです。

なかなか楽しむということは難しいことですが、広い心をもち、しっかりと自己を見つめ、色々なことが心の底から楽しめるようになっていきたいですね。

(鳥海守快)

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