信仰―法話コーナー


法話

寂 静【2009年12月の法話】

先日、弥山で勤務していた夜中にあまりの寒さで目を覚ましました。
その日の日の出を眺めていて、ふと去年の今頃を思い出しました。
私は去年の九月中旬より十二月下旬まで、この弥山の本堂や三鬼堂の付近で虚空蔵求聞持法という真言宗の修行をさせて頂きました。 弥山は、約千二百年前、弘法大師が求聞持行をされて以来、多くの真言宗の僧侶が修行してきた道場として有名な霊地です。 虚空蔵求聞持法は、虚空蔵菩薩の御真言を一日一万遍、百日間で百万遍お唱えする事で記憶力が増進するといわれています。 行中は朝三時より行を始め食事はそば粉とおかゆのみで娯楽は一切なしという生活ですので、慣れるまではとてもつらいのですが、三十日もたつ頃には不思議と心が落ち着いてきました。 毎日、弥山の美しい景色を見て、風の香りを嗅ぎ、虫の鳴き声を聞く事がとても幸せな事に思えてきました。 仏教の言葉に涅槃寂静があります。
 涅槃とは煩悩の炎が吹き消された悟りの世界、寂静は静かな安らぎの境地という意味です。人として誰もが持つ煩悩の炎を完全に消すことは大変困難ですが、煩悩を弱める事は、多少の努力と意識の持ち方でできると思います。 それによって、今まで見えなかった物や、気づかなかった事に気づく事で、それがとてもありがたく幸せな事だと感じる事ができるのではと思います。 現代社会では何不自由のない生活に慣れてしまい、感謝の気持ちで心暖まる事が少なくなっているように思えます。 私は求聞持行を通して、涅槃寂静の理解が深まったように思いました。
弘法大師と同じ地で同じ修行をさせて頂きました事に深く感謝の毎日です。

(西本 宥健)

◆◆◆法話のバックナンバーはこちら◆◆◆



戻る 

NMJNet Market Japan Corp.