信仰―法話コーナー


法話

■感謝して頂く【2008年3月の法話】

「おっちゃん、これなんぼ?」
と聞かれたのが、今年の最初の言葉でした。実際に、おっちゃんだから仕方ないのですが、なんだか凄く心にズシンと響きました。よく、大聖院の受付に居ましたら、お参りに来られた方が、前の、かぞえ年早見表をみて、「私、もうこんな歳なの?怖いね」とか、「あら、大変。私大凶だわ」なんて、言葉をよく耳にします。私達は、その都度、ご説明をするので、当たり前の様に感じてますが、めぐり合わせなのか、来られる方は、大凶の方が多いように思います。ただ、同じ歳位の人に「おっちゃん」といわれると、印籠を出された感じがします。

私の父でもある師は、私が幼少の頃は会社勤めをしていました。が、たしか中学生の頃、会社が無くなって仕舞い、住職いっぽんになりました。会社員だったころは、寺の仕事を最低限度しかしてなかったこともあって会社員ではなくなってからは、当分やりくりは大変だったことは想像につきます。その時が、たまたまなのでしょうが、「今年は、うるう年だから、墓地の申しこみは無いわね」と、聞いたのを、覚えています。

その夏には、オリンピクがあって、学校から帰ってテレビを見たいのに親が、オリンピックを観ていて、私が、「この番組みたい」と言うと、「そんなのは、いつでも観れるけど、オリンピックは、今しか見れない」と言われたのを思い出します。

今年もオリンピックの年です。日本人の選手が頑張ってくれるのを、期待しているのは、私だけではないはずです。むかしから、スポーツは、「気力 体力 時の運」といいますが、それでも、調整には万全を尽くすと思います。スポーツ選手だけでなく、私達が、生きていく為には、食事を摂らないとなりません。健康な食事をかかせません。私達が、修行をした時、食事も修行。朝、昼の一日二食だと考え、実践してました。この時には、衣帯をつけて、お勤めと作法して、頂きます。終わってからも、お勤めと作法しました。実際は、夕方も食べますが、それは、食事と考えず生きていくうえの、薬だと考えます。ですから、お勤めも簡単でした。

今の時代は、幸せな事に物が豊かですから、お金さえ出せば、なんでも、どんな物でも食べれます。私達の親が、子供のころは、食べる物が無い時代だったので、その話は、よく聞きました。ある時、私が弥山に居たとき、ある家族がお参りに来られ、お祖母さんが、お孫さんに、「ここの釜の湯は、有り難いから、飲みなさい」とすすめてました。小さな子供が、「まだ、欲しい」と言い、もう一杯汲んで、渡しましたが、半分位飲んだら、「もういらん」と言い、お祖母さんが、「はいはい」と言って捨ててました。山の上では、水は大変貴重です。それを見て、私は、「本当に有り難い、と思ってるの?」と感じました。その人が子供の頃を、思い出せば、簡単なことでしょう。三月八日は、庖丁供養の日です。もう一度、食事について、感謝を改めてするべきではないでしょうか。


(福嶋範道)

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