信仰―法話コーナー


法話

■自然に学ぶ活き方【2007年11月の法話】

今年は格別に暑い夏で、残暑も例年以上に厳しかったですが、ようやく秋らしくなりました。十月初旬まで日中三十度を越える暑さが続いたため、県内外様々な被害があったようです。境内の中においても、もみじの葉っぱがやけてしまったように枯れ落ちていくのが目立ちます。朝夕水撒きをしても日差しの強さには敵わなかったようです。しかし、気温の低下とともに少しずつ赤く染まりつつある木を見ては生き物のたくましさを感じます。

植物だけでなく、宮島は夏場に少雨であったためか、椿などに茶毒蛾が発生し近くを通った者がかぶれてしまったりしました。また、山に餌が少ないせいか鹿たちも食べ物を求め境内に入って来てはおいしいアジサイを食べ荒らしました。一度や二度ならともかく、暑い最中、毎日のように来られてはたまりません。追い出そうとついつい必死になりますが、鹿の方は嘲笑うかのように澄ました顔でお土産を残して逃げて行きます。普段はかわいい鹿でもこの時ばかりは憎らしくて仕方ありません。

「鹿を追う者は周りが見えず」という諺がありますが、まさにそのとおり。追い出した後、冷静さを取り戻すと恥ずかしくなります。きっとその場に居合わせた参拝者は何事かと滑稽な様子に呆れてしまったことでしょう。
「怒りや憎しみの心を起こしてはいけませんよ。」と話す坊さんがどのような状況であれ、簡単にその心にとらわれているのですから。この身をもって心の弱さを感じます。だからこそ自然を敬い、日々懺悔し、貪瞋癡の心にとらわれぬよう、そのような時には、一呼吸置いて思いを正すよう努めなければなりません

お釈迦様が五人の比丘たちを前に初めて説法されたなかで「正しい生き方(正命…八正道の中のひとつ)とは恥ずべき行い、生き方を避けることである」と云われているように、まずは自分の心、行いを見つめること。そして恥ずべき点に気づき、正していくことが大切であると。
分かりきったことと思う方もおられるでしょうが、この当たり前のことをするのが実は一番難しい訳です。根気良く心がけ、続けていくことで心身ともに充実し、少々のことでは動じない強い精神が養われていくことでしょう。

鹿は胃袋が小さいため、食べたものを噛んでは飲み込み戻し、噛んでは飲み込み戻しを繰り返しながら消化しています。木漏れ日の下、体を横たえ、瞳は半眼にして心地良さげに反芻を繰り返すその様子は悟りを開いた仏にも見えてきてほっこりとしてしまいます。

それでもやはりいたずらする鹿は追っていくことでしょう。ただ、ひとつのことを教わったのですから、馬鹿にはできません…

(亀井山法秀)

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