信仰―法話コーナー


法話

活かす挨拶 【2007年1月の法話】

 「明けましておめでごうございます」と年賀状を送り、回りの人たちと挨拶を交わします。
私たちはこうして新年を互いに祝うとともに、相手との縁を確かめているように思います。
 挨拶は極当たり前なことですが、自分を含め頭では分かっているつもりでも、なかなかできていないことが多いようです。
 お参りに来られた信者さんに対し、お堂の中での話で「挨拶は大切ですよ。する側もされる側も笑顔で「おはようございます」のひとつで心が晴れやかになります。」とお話しますが、いざ普段の自分がどうか?ふと考えると、恥ずかしくなります。それでも話すのは自分自身にも言い聞かせるためでもあるようです。
 日本では時節ごと、事あるごとに品物や手紙を交わしたりしますが、これも挨拶です。最近では時期になるとコンビニでも専用の葉書や広告がみられ、ギフトセレクトのようにカタログで送り、相手に好きな品を選んでもらうというようなものまで見かけます。
 世の中はどんどん無駄を省き、合理的で便利な物が溢れてきていますが、形だけで終わっていないでしょうか?贈る相手を想い、筆を執ったり、何を贈れば喜ばれるだろうかと悩むことも少なくなっていませんか?縁を繋ぐことは相手と心を通わすこと。仏様に対するときも同じです。
 仏様は皆に分け隔てなく助けの御手を差し伸べておられます。しかし、対する私たちはどうでしょう?都合のいいときだけ、勝手なお願い事をしていないでしょうか?仏様は常日頃から私達の様子を見、誰よりもよく願いを知っておられるのに…
 日々見守って頂いていることへの感謝の念を持つと自然と仏様の功徳を感じることができるのでしょう。その念が大きければ大きいほど仏縁を強く結ぶことができるのです。
 挨拶という当たり前のことを行うのは簡単なようで難しいものですが、心がけ次第でできることです。相手のことを思いやる心を乗せての挨拶は縁となって必ず返ってくるでしょう。人は支え合って、仕え合って生きているのですから…
(亀井山 法秀)

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