信仰―法話コーナー


法話

信仰を思う 【2006年11月の法話】

 最近、NHKBS放送で、「男はつらいよ」シリーズ全作一挙放送、「失恋四十八連発」ということで、毎回楽しみに見ております。寅さんには大勢の人がテレビや映画館で、あるいは巡拝の帰りのバスのビデオでお世話になったことでしょう。
 寅さんの映画は、基本的に同じストーリーです。寅さんは持って生まれた性格で、一所に腰を落ち着けることが出来ず、日本中を旅し続けます。そしてその旅先で必ず女性と知り合いになるのです。ところが、その女性が決まって何か悩みを抱えているんですね。寅さんは持ち前のその性格で、その悩みの解決のために一肌ぬぎ、なんとか解決したところで、その女性に淡い感情を抱きながらも別れていくというものです。
 このように筋は決まっていて皆大体知っているのに、何故あれ程に人気があったのでしょうか。シリーズが終わった時に、大勢の評論家がいろいろな意見を述べていましたが、 ある人はこんなことを言っていました。
「高度成長で走り続けてきた日本人は多くの大切なものを失ってしまった。しかし、寅さんは落ちこぼれだからこそ、人々が置き忘れた人間性を持ち続けることが出来た。そこに人々は心のあるべき原点を感じ、寅さんにあこがれたのだ。」又、別の人は、「寅さんは、行きずりの人を何の報酬も求めずに助けるわけだが、これは仏さまの行いである。」というのです。
 考えてみれば、信仰というものは、お寺の中にだけあるものではなく、又、自分一人のためだけにあるものではないんです。寅さんのように生活の中に、自分は気付かなくても自然と滲み出てくるものでなければならないんじゃないでしょうか。
 思えば、寅さん役、渥美清さんの死に様も寅さんそのもののようだった気がします。寅さんを演じていてそうなったのか、もともとそうだったのかは解りませんが、私達は演技でも物まねでもいいから、仏さまの信仰に近づき、親しんでいってはどうでしょうか。そしていつか本物の信仰を身につけたいものです。

(本徳 寛俊)



閉じる 

NMJNet Market Japan Corp.