信仰―法話コーナー


法話

ありがとうの一言 【2006年6月の法話】

ちょっとした不注意から、左手を痛め、整形外科通いになり、リハビリ中の今日この頃ですが、そこの若い理学療法士さんが、「患者さんは、お坊さんのようですが。」「ハイ、そうです。」「ああ良かった。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか。」療法士さんは時間を気にしながら、「実は、私のお兄さんが昨年28才で亡くなりました。私たち兄妹は子どもの頃両親を交通事故で亡くし、親戚の家で育てられました。兄は早くに両親を失ったせいか、朝夕は必ず、お仏壇で掌を合わせ、見よう見まねのお経を唱えていました。私にはとても優しく、信心深く、何事にも親切で、物腰の低い、そして、頭の良い、隣近所でも評判の兄でした。ところがある日、突然倒れ、病院に運ばれましたが、不治の病である白血病という診断でした。それから数週間後、ありがとう、ありがとう、と良いながら、息を引きとりました。一番可愛がってくれたお兄さん、大好きだったお兄さんに、何か供養になることをしてあげたいと思うのですが、お経は、私にはむずかしそうでできそうにもありません。どうしたらよいでしょうか。」
「あなたのお兄さんは、たいへんりっぱで偉い方ですね。最後のありがとうの一言は、本当に可愛がってくれて、大好きな妹の貴女へ、ありがとうと言えるような、ありがとうと言われるような人になっておくれ、と願いを込めたお別れのことばですよ。」
お釈迦さまは、「身に常に慈(いつくしみ)を行い、口に常に慈を言い、意に常に慈をおもうがよい。善くこれを行ったならば、功徳と智慧は、日に日に長じて行くであろう。」とお説きになりました。
「あなたがありがとうのおもいをかたときも忘れることなく勧め、努力し、精進されたならば、お兄さんはきっと喜んでくれることでしょう。そして、あなたが幸せになってくれたら、これが、お兄さんへの最高の供養ではないでしょうか。」
療法士さんの瞼から涙がこぼれ落ちました。
(本徳 寛俊)



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