信仰―法話コーナー


法話

心 願【2006年2月の法話】

弥山開創1200年、霊峰500号、摩尼殿創立30周年など、今年は、色々な節目の年です。また、私の担当している不動会も、昨年の10月で100回を迎える事ができました。どれも文字や言葉にしてしまうと、簡単ですが、不動会の100回でも、振り返れば、大小ありますが、どの回も大変なことがありました。ですから、霊峰の500号、ましてや、 開創1200年となるといかにとてつもなく大変なことがあったか想像もつきません。
むかしから「継続は力」といいますが、まさしくその通りだと思います。多くの人々の支え、協力によって成り立ったものです。「言葉」とは、不思議な物で、使い方、言い方によって、同じ文字でも伝わり方がちがいます。
先日、ふっと感じたのですが、毎月、三鬼さんに月参りに来られる、ある方が、いらっしゃいまして、その方は、ご祈祷を受けられた後、必ずご自分で般若心経とご真言を唱えられます。それを、聞くと、我々僧侶が唱える、それとは違い、独特な感じはいなめませんが、その唱える一文字、一文字には、「心」や「願い」がこめられている事は、ひしひしつたわります。その真言を耳にすると、「私の願いが、必ず、三鬼さんに届いて成就しますように」と聞こえます。その人の心の力強さが、肌で感じます。
何年も前から、21世紀は「心の時代」と言われつづけて、実際、21世紀になった現在「心の時代」になったかと、尋ねられたら、答えは「いいえ」と私は答えます。ニュースを耳にすれば、圧倒的に心苦しいものばかりです。ニュース、イコール、悪い事のように思いたくなります。
しかし、言葉には「力」があり、心をこめて使えば、また、伝えれば、一度や、二度では無理でも、継続していれば、必ず誰かの心に届きます。それが幾ら時間がかかっても、続ける事が大切です。真の心の時代が来るなら、2000年先でも構わないと思います。

(福嶋 範道)



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