信仰―法話コーナー


法話

あって当たり前【2005年11月の法話】

九月六日の夜十時頃、台風十四号による土石流が起こり滝不動堂や弥山参道、大聖院が土砂被害にあいました。
私は、丁度その時、信徒会館の二階の自分の部屋で休んでおりました。土石流が起こり、隣の部屋にいた職員さんが呼びに来て、部屋の外に出てみると、外は川の流れの凄い音と雨で異様な雰囲気でした。そして、避難し一夜を過ごしました。
次の日の朝は、土石流被害によって変わった風景に驚き恐怖をおぼえました。そして、その日から境内の復旧作業が始まりました。最初、土砂の多さに、「本当に片付くのだろうか?」と、思ってしまう程の光景でした。しかし、数多くの御見舞いや、ボランティアで来ていただいた方々、お手伝いの方々の励ましや、復旧作業をしていただいている姿に勇気づけられ、また皆様の大聖院に対する思い入れを聞くたびに有り難いという思いで心が一杯になりました。
人は、辛いことや悲しいこと、苦しいことがあると、それから目を背けてしまいたい気持ちになります。特にこういう災害の時や、突然の災難の時は尚更です。でも、それから目を背らそうとせず、向きあってみればどうでしょうか。辛いこと悲しいこと苦しいことに向きあうことが大事なのです。その姿を、仏様や御先祖様は見ておられお力添えがあり、難を乗り越えることができるでしょう。また、いついかなる時でも他人のために行動してみてはどうでしょう。
お大師さまの言葉で、
「苦空の因を済うは利他なり」
とあります。
他人の利益をはかるように努めていると、苦しみの世界に行く因縁が消えるということです。「利益」というのは、幸せということです。ご利益になるということは、幸せになるということです。他人の利益のため、他人の幸せのために行動すれば、あなた自身も幸せになることでしょう。
あまり難しく考えないでください。日々の生活の中の簡単なことをしていけばいいのです。『電車で立っているお年寄りに席をゆずる』とかです。
そうした行動をしている姿を見ている周りの人や、あなたがした行動したことによって救われた人から、あなた自身が災難にあって困った時、助けてくださった周りの人達の有難さに感謝しましょう。
そして日々の生活を大切に!
あって当たり前、周りにその人達がいて当たり前、と思わずに。
失って気づいたのでは、遅いですから…。

(原口 正道)



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