信仰―法話コーナー


法話

おかげさま【2005年7月の法話】

その日の朝は、前日からの頭痛がつづいていました。
私は毎月二十八日に弥山で不動会をさせて頂いています。
その参加して頂いている方々と前もって五月五日は、昨年の台風で傷んだ庫裏の修理がやっと終わったので、皆さんとその片付けをしましょう。となっていたのに私は欠席するしかありませんでした。住職さんとほかの方が、代わりに行ってくださるので少し安心していました。ゴールデンウィークも、もう終わりの方。お参りの方も少なくなってかな〜と思っていました。
そんな昼過ぎ、いつもと同じ様に一つの電話が鳴りました。
が、しかし、その内容はいつもと大きく違っていました。
その内容は、まさしく、晴天の霹靂。
「霊火堂が燃えている」そんな想像もしない連絡でした。
それからは、頭の中は大パニック。ただ、慌て、色々な思いが頭の中を走り、その現場が見えない分、悪い考えばかりが思い浮かび鎮火の連絡が来るまでは、十分間が千秋の長さに感じました。
そして、少しづつ状況が分かりだし、不動会の方々も下山され、その姿を見た時、怪我が無く安心しました。大変迷惑を掛けたことをお詫びして、様子を伺っていたら、
「観光客の方、女性もたくさん消火活動を手伝ってくださった」と聞き、自分が何も出来なかった分、より一層感謝しました。
また、直後から、多くのお見舞いのお言葉などを頂き、改めて霊火堂、消えずの火が愛されていたのがよく分かりました。
次の日からは、近隣の多くの僧侶の方、信者さん、関係者の方々が協力して片付けを一生懸命手助けしてくださいました。
その姿を見ると、自然に手をあわせていました。むかしからの仏様の教えて、自分は生きているのだっと、思いがちですが、実は生かされているという言う教えがあります。今回の火災の片付け一つでも、多くの方々の協力なくしては、こんなに早く出来ませんでした。
多方面の方からのお見舞いの言葉を掛けていただく時、「おかげさまで」という言葉を使います。私達はそれぞれ助け合って生かされています。本当に困った時、助けて頂いたら、その人の影にまでも、「御」を付け「おかげさま」と呼ぶと、むかし聞いたことがあります。まさしく今の私達は皆様のお陰で明日に向かっています。
どんな立派な偉い人でも決して一人では生きていけません。
私達一人一人、生かし生かされているのです。今回失った物は大きいですが、そこで気付かされた小さなものは大切な事でした。

(福嶋 範道)



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