信仰―法話コーナー


法話

自然の姿【2004年9月の法話】

  気がめいってしまう程、今年の夏は暑い日が続き、座っているだけで汗が滝のように流れてしまいましたが、「暑さ、寒さも彼岸まで」と言われるように、彼岸を過ぎれば少しは和らぐことを切に願っております。
 今年は、暑さもそうですが、から梅雨で、渇水になりかけた地域もあれば、豪雨で川の堤防が決壊し、家や田畑が流された所もあり、本当に人間にはどうすることもできない自然の力をまざまざと見せつけられたように思います。
 私は大聖院に勤めるようになり二年目を迎え、この一年間で今まで経験し得なかった自然のありがたさ、恐ろしさを知りました。
 去年は、梅雨の頃大雨によって観音堂にあります戒壇めぐりの通路が浸水し、今年は、境内に山水が流れ込み、阿弥陀堂から御成門の周りまで川ができて土がえぐり取られることが度々ありました。
 また、弥山においては雷。ゴロゴロと近くで音がすれば、落雷の危険性が他の場所より大きいので一切の電源を切らなければなりません。したがって、すべての家電が使えず、水道水を引き上げるモーターも止まりますので水も使えなくなり、ライフラインが一時停止してしまうのです。台風の影響も受け易いですし、冬場はどうしても水道が凍ってしまうような所なので、天候には神経質にならざるを得ません。
 雨にうんざりする時もあれば、水道の蛇口をひねると水が出ることに感激する、自分勝手な私に気付かされ、弥山で、三鬼さん、虚空蔵菩薩様にお侘び、感謝をします。一説によりますと、東北地方では「虚空蔵さん」と称する水神としての性格を帯びた流行神(はやりがみ)が祀られているようです。壱千貳百年も昔に、お大師さまが、宮島弥山で、求聞持法を修し、また三鬼大権現をこの地に歓請された理由のひとつかもしれません。
 現在の日本では、暑くても室内に入ればクーラーで涼むことができ、喉が渇けば、水はもちろん、冷蔵庫から冷えた飲物を取り出せ、デパートに行けば大概ほしい物が手に入り、移動も車で楽にできます。半世紀前までは、無かった便利な物があふれ、知らず知らずのうちにそれらにすべて頼ってしまい、身も心も堪えるということができなくなってきていると思います。
 もし今、車や電気が使えなくなったら、水が出なくなったら・・・見えなかった自然の姿にみなさんも気付くことでしょう。
 秋分を過ぎ十月、十一月ともなると、弥山からの眺めもより一層美しくなります。不平不満ばかりでなく感謝の心を忘れぬよう過ごしたいものです。

(亀井山法秀)




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