信仰―法話コーナー


法話

霊火と私【2004年5月の法話】

  弥山霊火山堂には、今日も弘法大師護摩修行の火が約千二百年の永きに渡り、燃え続けております。
 平成十八年に開山千二百年を迎えますが、一口に言っても実感が湧きません。一人の僧が「ひらがながまだ出来ていない時から燃えている」と言いました。確かにひらがなは、弘法大師が仏様の種字である梵字から「いろは歌」「五十音」を人々の為に考え出され現在まで普及しております。なるほどと思いましたが…。

 私は仮に人の命が六十年と考えて、今は二十代目に当たります。千二百年の歴史は解りませんが、六十年の歴史はよく解ります。希望に燃えていた時・病気でくすぶっていた時・若さのあまり消えかけた時色々ありました。霊火も燃え・くすぶり・災害で消えかけた時もあったでしょう。又霊火も私も一人では燃える事も、生きていく事も出来ません。霊火には、木と空気と弥山の自然、そして、信仰する心が必要で、私には父母や兄弟や社会そして日本という国がなければ、存在していないでしょう。

 弘法大師は、「四恩の広徳に報いよ」と遺戒(いかい)されました。四恩とは、第一に父母の恩、家庭道義の根本。第二に国家の恩、国民道義の中心。第三に衆生の恩、社会道義の規範。第四に三宝の恩、仏法僧の恩であり宗教道義の基本です。そして弘法大師は、四恩こそが自己の生命の根源と申されました。

 最近では、物が豊富になり、生活が豊かになればなるほど、また福祉が進むにつれて、すべての恩恵を受けるのは当然である、とする風潮があることは悲しいことであります。ともすれば私も、自分一人で大きくなったように過信しがちです。

 弘法大師は、大学を辞め、修行僧となり、唐で密教を学び、天皇・国家・衆生の為に法を修めて、時の人となった生涯でも「人間、この世で借りた御恩はこの世で返さねばならない」と終始、四恩の報恩行に徹されました。私も四恩を忘れずに、弘法大師の教えを守っていきたいと思います。

 千二百年の永きに渡り燃え続けている霊火は、弘法大師が今も護摩修行され、私達を加持し、教えを授けていると思います。そして、弥山霊火堂の火を弘法大師が弥勒菩薩と一緒にこの世に現れる五十六億七千万年後まで、絶やす事なく守り続けていきたいものです。
 南無大師 遍照金剛

(小野 湛海)




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