信仰―法話コーナー


法話

経験は大切【2003年7月の法話】

 ふっと気がつけば、はや今年も半年がすぎました。いつもそうなのですが、年末などの区切りの時期にさしかかれば、「今度こそ」とか「来年こそは」とか良い事が有る様にと願う私達です。しかし、今の私達の現実を見つめ直すと、普通にもどらない社会状況、世界的問題、戦争、新しい病気など我々に吹く向い風は、強くなる一方の様な感じがします。私的にもアレルギー症がいつも以上に出て大変きびしい、今年上半期でした。そんな世界的不安な今頃、特にあのアメリカでの9・11テロ以降、人々の旅行は国内に目がもどり、宮島にも多くの方々にお参りして頂き、そこの所は大変、喜んでいます。先般の休日の日、ある一家族の方々がお参りに来られ、いつもとかわらない一家のお参りでした。小さいお子さんも一緒で、まだまだ、よちよち歩きを始めた位です。その子供の目から見たら、とっても広い境内を、その小さな足で、一歩一歩、たしかめる様に歩いていました。それを心配そうな顔で後から今にでも手が出そうに追いかける祖母の方、その二人の姿を見ている子供の両親、私にはいつも見なれている光景です。そのちょっとした瞬間、小さな子供はつまづいてこけてしまいました。

 「ほら、つまづくと思った。」と言って、その子供をおこしてあげる大人、おこされてビックリ顔の子供、これもいつも見なれた光景です。そこで私が気付いた事が有ります。それは、大人が「つまづくと思った」と言った所です。その事を色々な見方が出来ますが、私は大人が「思った」と言う事です。皆様も今までさまざまな経験をされて来られていると思います。子供がつまづくと思うのは、その事に私達が学んだからです。私が住む日本。ほんの半世紀前に大きな戦争を経験し、戦後をへて現在を迎えています。あの頃の子供は、今やその人の子供もそれ以上の歳になっています。今年も地球上で戦争や紛争が有り、多くの子供が犠牲になっています。現代、物を見る時、世界的基準で見なければなりません。となりの話ではないからと言って無視するわけにはなりません。次の時代を担う世界の子供達。その子供達に手を差しのべ、自分の経験から伝えるべき事は、一つや二つでは無いはず。誰でも未来は明るい方がいいにきまっています。今を担っている私達、これからを担っていく子供達、まず近くにいる子供達と一緒に明日に向かって一歩ずつ歩き始め、その輪を世界的な輪になる様に努力して明るい未来を作りましょう。


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