信仰―法話コーナー


法話

■仏教と家庭の平和2003年2月の法話

 各宗教の中で、仏教ほど平和を愛する宗教はないと想います。
 仏教は、お互いの間の和合、一家の和睦、一国民の和楽を始めとして、世界の平和を念願する宗教です。しかるに、今日の社会状態で、家庭、国家、世界の中に、平和を破壊する事実が多いのは、まことに悲しむべき現実です。けれども、これを投げやりにしておくことはできません。世界の人々が力を合わせて、人類の共存共栄に邁進しなくてはなりません。
 世界の平和がひとたび破れると、大戦乱が発生して、人類の滅亡にまで至るかもしれません。政治も経済も宗教も道徳もその百般の事柄は、専心世界の平和を目指して進まなければなりません。
 人間の真の幸福は、富の有無ではありません。富はむしろ第二次的なもので、体が健康で一家が和合して暮らすことが出来ればいいのではないでしょうか。いかに財産があっても、家族に病人がいて、一家の和合が出来なかったら、毎日の生活が楽しくありません。
 資産が豊かで教養があり、地位が高く、健康に恵まれて、一家が和合して行ける幸福な人はほとんどいないでしょう、五本の指にも長短があり、「一本の朝顔にも出来不出来」とのことわざのように、何ごとにも万全を期することは不可能ですから、家中のものが、心掛け一つで出来るようなことを企てることが肝要です。それはお互いに謙遜し、反省し我見を立てないようにすれば良いのです。
 ことに嫁と姑の間が円満にさえ行けば、大体一家は睦まじくなるのですが、この人々の我見が強いので、一家の和合が破壊され、みんな不幸になるのです。
 母は私の嫁をかわいがります。将来足腰が立たなくなれば、娘たちよりも嫁の世話にならねばならないからです。嫁にすれば最愛の夫の父母に孝養が尽くされない程の悲しみはないでしょう。また自らも老いては嫁の世話になるはずです。
 世界の平和は、一家の平和が基となります。各家庭が平和になった時、人類平和の基礎が成されます。そしてその基礎精神に宗教があります。ことに仏教における和合の考え方です。内に慈悲を蔵する仏教の和は、最も深く豊かな愛と生命があふれているのではないでしょか。


閉じる 

NMJNet Market Japan Corp.