信仰―法話コーナー


法話

■合 掌2002年8月の法話
 
 
最近の若者はきちんとあいさつできる方が少なくなってきています。
 従来のおじぎは、両手を膝まで下ろして頭をさげます。それは、両手に何も持っていないさまを相手に知らせ、首をさげ、無防備な姿勢で相手を信頼している事実を表すのです。仏教では、顔や胸の前に左右の両手のひらを合わせ、つまり合掌してあいさつします。合掌は、神仏の前とは限らず、だれに対しても合掌するのは、先方の心を礼拝するのです。合掌はありがたいもので、口でくどくどいう必要もなく、言葉が通じなくても、相互に意志が通じます。
 合掌とは、相手を拝む事であり、相手の地位や学歴ではなく、その人の心の中にあるほとけの命に捧げるものです。ほとけの命とは人間の純粋な心で人間を人間であらしめる心がほとけの命であり、純粋な人間性です。
 名刺の肩書きに表記できないほとけの命は、敬礼や握手ではたたえられません。たんなる尊敬ではなく拝むのですから、仏教徒は合掌するのです。
 私たちが仏様を拝むより前に、仏様は私たちを合掌して下さいます。
 仏教では、手は「見る、慈しむ、拝む」心の姿と受けとめます。千手観音さまにはたくさんの手があります。
 千手の千は、数量ではなく、私たちの二本の手のはたらきの数を示されているのです。
 二本の手が一生の間に、少しでも多く世間のお役にたつように、との願いと誓いを象徴するのが、千本の手です。
 その千本の手のひらには、それぞれ一つずつの眼があります。
 それは手に、見る、慈しむはたらきがこめられているのです。
 千手観音さまの数多い手の中の中心となる手が合掌されていることを、心にとどめておきましょう。
 私たちも、わが子の如来から授けられた仏の命に、そっと合掌しましょう。
 必ず尊い仏縁にめざめさせて頂けることでしょう。


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