信仰―法話コーナー


法話

■帰る所2002年7月の法話

 
先日、古くからの友人が私の所へ久しぶりに訪ねて来てくれました。その友人は家業と関係のある企業に十五年間勤めていましたが、長男なので家業を継ぐため会社をやめて帰って来たのでした。そして私の所へ挨拶と報告を兼ねて来てくれたのでした。色々話をしていて私が、「会社はどうだった。」と聞くと彼はいつでも同僚から「君は帰る所があるからいいなぁ。」と口ぐせのようにいわれたそうです。その後につづけて彼が「帰る所がある人はある人なりに色々大変な所があるんだ。もちろんない人も大変だろうけど、あればあるなりに大変なんだ。」と言ってました。まあ世の中色々ありますが、やはり帰る所があるというのは安心できます。また帰る所は必要なのではないでしょうか。私達が出かけると言う事は帰る事を前提にしているのではないのでしょうか。たとえば、旅行は行く前からウキウキして、行った先ではその場所などを楽しんでくるものなのですが、家に帰宅すると安心して「我が家が一番」なんて事を思ったりするものですよね。それは決して今、生きてる私達だけの話ではないのです。先に亡くなったご先祖様達にも同じ事が言えます。よく亡くなったら墓に入るのだから私達が墓参りすればいいのではないのですかと言われます。たしかにそれは間違いではありません。たしかにお墓参りはとっても大切な事です。しかし、通常、自宅または、親戚、家族の家に行けば仏壇がありその中には必ず位牌があります。もちろん例外もあるでしょうが普通はそうではないでしょうか。この仏壇の中にある位牌は、ご先祖様が帰って来るその物なのです。位牌の位は位置の位を示し、位牌の牌は形を示しています。ですから私達のご先祖様も家のお位牌に、お彼岸や、お盆に帰って来られ子孫の私達を見る事によって安心して涅槃にいる事が出来るのです。私達も親から生まれたのですから、いずれは死を迎えます。その時、自分はここの仏壇の中の位牌に帰って来れるのだな。日頃から仏壇の前で手を合わして先祖供養をしていれば、自分の時も供養をしてもらえる様になるのではないでしょうか。むかしから、「子は親の背を見て育つ」といいます。今年ももう少しでお盆を迎えます。お盆やお彼岸には家族そろって墓参りをして家の位牌までつれて帰って、ご先祖様と一緒に家族だんらんで時間をすごす事が大切なのではないでしょうか。今までされてない方は特に二十一世紀は「心の時代」だからこそおすすめします。


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