信仰―法話コーナー


法話

■死後の世界2001年12月の法話

 死後の世界について語ることが、宗教だと思っている人が意外に多いようです。しかしこれは完全に間違いです。
 仏教に関していえば、死後の世界についてのお釈迦さまの基本的な教えは「考えるな」ということです。死後の世界があるのかないのかは、人間がいくら考えてみてもわからない問題です。答えの出ない問題について考えたり悩んだりする愚かさを、お釈迦さまは笑っているのです。
 お釈迦さまの弟子に、マールンクヤという人がいました。仏典には年齢は書いてありませんが、形而上的な質問をするところから見ると、おそらくまだ若い青年だと思います。この青年が常に持っている疑問が「この世は永遠か、無限か」、あるいは「死後の世界はあるのか、ないのか」といったものでした。
 そこでマールンクヤは、お釈迦さまに会うたびに、このような質問をします。しかしお釈迦さまは、黙って答えません。あるとき彼はお釈迦さまのところへ直談判に行き、「今日こそ死後の世界があるのかないのかを教えてください。もしも今までのように答えをはぐらかすのなら、私はこの教団を去ります」と言いました。その時お釈迦さまは、次のように答えました。
 「ある男の体に、どこからか飛んできた毒矢が刺さった。友人たちはあわてて医者を呼んで来て、矢を抜き、治療をしてもらおうとした。しかしその時矢が刺さつた男は、友人たちの行冶を止めて、こう言った。『矢を抜く前に聞きたい。矢を射た人間の肌の色は何色なのか。背が高いのか低いのか。男なのか女なのか。それらがわかるまでは、この矢を抜かせない。』こんなことを言っている間に、この男は死ぬだろう。それが、そなたの態度である。今大事なことは、私たちがこの世の苦を克服し、今その瞬間を心豊かに生きることにあるのだ。死んだ世界があるかないかという問題にかかわっている暇はない。まず毒矢を抜いて、治療をし、元気になることが大事なのだ。」
 これを仏教では「捨置記(しゃちき)」と言います。この毒矢の比喩のように、お釈迦さまが絶対に答えをこばんだ問題は全部で14あり、これらを「十四捨置記」と呼びます。
 この話からもわかるように、お釈迦さまの死後の世界についての態度は、「考えるな」ということなのです。つまり仏教においては死後の世界はあるともないとも言わないのです。これがお釈迦さまの基本的態度だと思います。


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