信仰―法話コーナー


法話

■この子でよかったと思うこと 2001年2月の法話

 このあいだ、あるところで、「わたしは自分の子供が刑務所に入った。そういう悪い子を持って、あんなんだったら、いっそ子供がいないほうがましだと思うんだ。」と、ある人が話をしていた。

 「何を言っているのですか。子供を授かりたいと思っても、なかなかお子さんにめぐり合えない、そういう縁のない人もいるんです。そういう人に比べて、なんてぜいたくなことを言っているんです。」と答えました。戦災孤児の話を聞いたことがあるので、その話をしました。
 第二次世界大戦で親をなくした戦災孤児が収容されている、そういう施設で育った人が言っておられた話です。

 ある日、先生が「君たち、どんなお父さんやお母さんが欲しいと思う?」と、作文を書かせました。すると、その少年はこう書いたというのです。
 「先生はおかしなことをいう。ぼくは、どんなお父さんでも、お母さんでもいい。悪いお母さんでもいい。いてくれればそれでいいと思う。」
 どんな親がいいかなんて、ぜいたくなことを言ってられない、寂しい思いをしている戦災孤児がいたのです。

 刑務所に入る子供でもいい、悪いことをする子供でもいいから、子供が欲しいと叫んでいる人もいるのです。

 直木質作家のある人のエッセイに、お母さんが刑務所に入っている息子さんに会いに来られたときの話があります。
 その時、さすがにヤクザな息子でも、お母さんには頭が上がらないので、「おふくろ、ごめんな」と、言って謝ったそうです。
 するとお母さんは、「な−に、あなたがこういう罪を犯してくれたおかげで、わたしは人の見ることのできないこんな刑務所の中まで入ることができた。」と喜んでくれたといいます。

 ほとけさまからお預かりしている子供、それがわかった時に、本当にこの子でよかったと思うことができます。どんな子供でも、この子でよかったと思うこと
ができます。それがほとけさまの心です。



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