信仰―法話コーナー


法話

■“平和”と“平等” 2001年1月の法話

 昔、お釈迦様がこの世におられた頃、お釈迦様の徒弟にマハーナーマという方がおられた。この方は、王位を捨て出家されたお釈迦様の代わりに、釈迦族の国、カビラ国の王位につかれ統治者となられた。ある時、釈迦族がある事情のため、隣国のビルリ王から侵略されたとき、カビラ国は一切武器というものを持たなかった。一本の剣も一張の弓さえも。
 それは国全体が、お釈迦様の教えをよく信じてあらゆる生物を殺してはいけないという教えを守り、武器を捨て戦争を放棄したからである。彼らは竹槍や棒をもって抵抗することすらしなかった。
 ビルリ王の軍隊は、この無防備無抵抗の平和都市を思うがままに踏みにじり、殺戮をほしいままにしたのである。
 マハーナーマはこれを見るに忍びずして、敵の将軍に会見を申し込んだ。そして自分が城の堀の中へ沈むから、水中から浮び出ぬ間だけ休戦するように約束し、堀の中へ飛び込むと、長い髪の毛の紐をとり、髪を水底のクイに結びつけ、ついに浮び上らなかった。
 かくて歴史上、武器をもたなかった唯一の民族である釈迦族は、お釈迦様がこの世にまだおられる時に亡びてしまったのである。仏の“平和”という真理に殉じた最も悲壮な犠牲である。
 またお釈迦様の異母弟にナンダというカビラ国の王子がいた。
 ナンダはお釈迦様を尊敬して、ある日お釈迦様の弟子になることを許された。
 そしてナンダの入門式が厳かにすすめられ、まずお釈迦様の御足を礼拝し、次に悟りの開けたアラカン達を礼拝し、次に自分の上席の先輩を礼拝することになった。その先輩の前に立って見ると、間違うこともない、奴隷で床屋のウパリがいた。さすがに王族の公子が奴隷の足を礼拝するという、かつてない出来ごとに屈辱を感じて、ナンダは立ちすくんだのである。ウパリも王子に礼拝されることのぎこちなさを感じて、硬直したことであろう。
 「ナンダよ、なぜ礼拝をしないか。」お釈迦様はしずかに慈しみの目を垂れて、そこに立ちすくんでいるナンダをたしなめられた。
 「ナンダよ、見よ。あのインダス河や、ガンジス河などの水が、河であるうちは、別々の水であるが、大海へ流れこんでしまえば、同一海水になって元の名はないのだよ。ちょうどそのように、社会には王族、奴隷など階級があるかも知れぬが、私の所へきたら、みんな元の階級を忘れて兄弟になるんだ。ナンダよ、ウパリの足を礼拝せよ。」
 お釈迦様のこの尊いお言葉を聞いたとき、ナンダの心はうちとけ、いさぎよくウパリの足を礼拝して、無事入門の式を終えることができた。仏の“平等”という真理をナンダも理解したのである。
 ここに新しい年を迎え、改めて、お釈迦様の説かれた“平和”と“平等”の世界を築いていかなければいけません。



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