信仰―法話コーナー


法話

■大人は誰もわかってくれない 2000.6.1

 現代の若者達は、基本働にはみんないい子供ばかりです。ただ、大人の感覚では理解しがたいというか、既成概念では考えられない主義主張をもっている事があります。

 ある子に作文を書かせたときの事です。「自分が一番えらいんだ。」という内容なのでどういう意味かと聞くと、本人も何がどうえらいのかよくわかっていない様子。よく聞いてみると、どうやら知恵や権力、お金があるからえらいというわけではないらしいし、つきつめてみれば、「嫌な時は嫌と言う。やりたくないことはやらない。だから一番えらい。」という事なのだそうです。それが正しいか正しくないかは別として、なるほどそういう考えもあるのかと思いました。たしかに、私たち大人には考えもおよばない事でした。子供の考えていることが分からないとなげく親が多いのも、親は自分の事を分かってくれないと思う子が多いのも、うなずける気がします。しかし、彼の「自分が一番えらい。」という主張は、明らかに間違っています。それを正してやるのが大人の仕事なのですが、難しいのがその方法。「君は我慢するのが嫌で、楽な生き方をしようとしているだけ、正直と自分勝手というのは別なんだよ。」と言うのは簡単ですが、それでは通じない。彼自身が自分で気づかなければならないのです。それにはまず、私たち大人が彼を理解してやる事が必要なのではないでしょうか。大人には理解できない、間違った感覚を持っているから叱ったり、考えを押しつけるのはもってのほか。理解されないからますます子供達はかたくなになるのです。 

 その子とは別の子ですが、ビールが好きで、その時も缶ビールを買って飲み、かなり酔っていたようです。夜になり、一人で寂しかったのか、修行でとなりの部屋に寝泊まりしている女の子の部屋に話をしにいき、十時半頃には、「朝が早いから、もう寝ましょう。」と女の子に部屋に帰されました。ところが三十分もしないうちにまた来て、ドアをノックしても、女の子はもう寝てしまったのか返事がない。ドアを開けようとしても鍵がかかっている。腹を立てた彼は、ドアを蹴破って部屋の中へ入ってしまいました。そこでようやく彼が我にかえり、女の子もしつかりした子だったので、彼を再び部屋に帰したという、それだけの事件でしたが、周りの者にしてみれば大問題。翌朝、彼を呼び、どうしてそんな事をしたのか聞こうとしても、「なにかの目的があって部屋に押し入ったんだろう。」と周りが決めつけて責めるものだから、彼はじっと黙ったまま。そこで誰かが「ひとりで寂しくて、話し相手になってほしくて部屋に行った。けれども、ドアには鍵がかかっていたのでカッとなり、ついドアを蹴破ってしま」た。そうじやないのか?」とたずねると、ニコッとほほえんで、自分から話してくれるようになりました。彼の口をふさいでいたのは、周りの人間がひとつの観念でしか自分を見ていないということへの不満と、いくら言ってもどうせわかってもらえないという気持ちだったと思うのです。

 若さゆえ、まだまだ不器用で自己表現が下手な子供達の心は、大人が察してやるしかないのです。小さな子供と話すときには、大人がしゃがんで子供と視線を合わせるのと同じように、一度、彼らと同じ視線でものごとを見つめてみませんか。子供達にお説教するのは、それからでも遅くないし、あなた自身にとっても、新しい発見があるかもしれません。




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