信仰―法話コーナー


法話

■ますますふくらむ欲望 1999.12.7

むずかしいですか?そんなにむずかしいことを言っているわけではないのですが…。
ちょっと別の角度から考えてみましょう。
たとえば、腹が空いたとき、わたしたちはご飯を食べます。ところで、そのご飯ですが、空腹のときの一杯目のご飯はすごくおいしいですね。しかし、二杯目のご飯は、それほどおいしいとは思いません。三杯目となるとおいしいどころか、まあうんざりします。
ご飯の価値は逓減(ていげん)します。

そういえば、江戸時代の話ですが、三代将軍家光が何かうまいものを食べたいと言うので、沢庵和尚が招待します。家光は品川の東海寺に午前十時ごろやって来て、和尚が何を食べさせてくれるか期待しながら待っています。しかし、昼が過ぎても、なかなか食事が出てきません。将軍は「まだか、まだか」と催促しながら待っています。いや、待たされます。
ようやく午後の四時ごろ、一杯の湯漬けに香の物が添えて出されました。
それを家光は食べます。
「うまい!こんなうまい物は初めて食った」と言うのですが、なに、普通の湯漬けです。空腹がそれをうまくさせているだけです。
「で、和尚、この香の物は何という?」
「それは、禅寺に伝わります“貯え漬け”です」
将軍の問いに沢庵禅師が答えました。すると、家光は、
「いや、これは“貯え漬け”あらず。以後、これを“沢庵漬け”と言うべし」
と、それに命名したそうです。ご存知の「沢庵」ですね。もっとも、“沢庵”の由来は、沢庵和尚の墓石が沢庵漬けの重しの石に似ているところから命名された、という説もありますが…。

それはともかく、空腹のときは何を食べてもうまい。空腹が最上の調味料なんです。
だが、うまいのは最初の一杯だけです。二杯目は価値が下がり、三杯目、四杯目になると、まったく価値がなくなります。つまり、ここには、
「価値逓減の法則」
が働いています。おわかりですよね。
ところが、それと反対の場合があります。
たとえば、ここに一万円札があります。誰かがあなたに一万円札をくれたとします。あなたは<ありがたい>と思います。
次に、もう一枚一万円札が出されて「これをあげよう」と言われました。この二枚の一万円札は、最初の一万円札にくらべて価値が劣りますか?「いえ、わたしには一万円あれば充分です。二万円も要りません」と言う人もいるでしょう。しかし、たいていの人は、二枚目の一万円札を<ありがたい>と思って受け取るでしょう。三枚目、四枚目、五枚目を出されても、同様に<ありがたい>と受け取る人が大部分だと思います。
いや、二枚目、三枚目と増えるにつれて、ますます価値が高くなるように感じられます。それが証拠に、現代日本のサラリーマンは、給料は高ければ高いほどいいと思っています。

その点では、インド人とだいぶ違いますね。日本の商社の人に聞いた話ですが、他社に引き抜かれそうになったインド人の社員を引き留めるため、そのインド人の給料を高くします。かりに二倍にしたとします。すると、そのインド人は他社に行かずに留まりますが、以前の半分しか働きません。それで充分だというのですね。たとえば、日給五千円で二十日働いて十万円の月給を得ていた者は、日給が倍の一万円になると、十日働けば十万円になります。したがって、半分しか働かないのです。日本人にすれば、日給が倍になれば、より多く働くでしょう。

いまの例えでいえば、日本人のように、給料が高くなればなるほど、ますます増大するような欲望が、釈迦の言う「トリシュナー(奴隷的欲望)」です。現代資本主義社会は、そういう「奴隷的欲望」をつくりだしたようです。ということは、釈迦は大昔に、現代社会を予言していたわけです。さすが、ですね。





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